世界を甘い涙で濡らしてきたトラヴィスの20年間
〈ありきたりの〉とか、〈あたりまえの〉とか。〈日常〉はとかく軽視されがちだ。だけど、考えてみたら自分とまったく同じ人間が存在しないように、自分の日常とまったく同じ日常というのもあり得ない。会社でデスクを並べる同僚だろうが、クラスも部活も一緒の幼馴染みだろうが、日常は同じじゃない。少し似ているかもしれないけれど。そんな、自分にとってはありきたりであたりまえの日常が一人に一つあり、世の中を形作っている。トラヴィスの音楽は、こうした数多ある日常のあちらこちらにちゃっかりお邪魔して、居場所を見つけては、ありきたりであたりまえの日常を少しばかり特別なものにする――私には、そう思える。
誠実かつひたむきに
前身バンドを経てスコットランドはグラスゴーで結成し、ロンドンに移って活動を本格化。トラヴィスがファースト・シングル“All I Want To Do Is Rock”を発表したのは96年のことだ。あれから20年、不動のメンバー4人は、変わらず、誠実かつひたむきに音楽と向き合っている。
私は彼らのデビュー・アルバム『Good Feeling』の日本盤で解説を書かせてもらっているのだが、それがリリースされた97年といえばブリット・ポップ・ブームの終焉も見えてきた頃。そんな時期に登場する新人バンドの行く末など、正直、保証はできないと思っていた。が、無邪気なまでに力強く鳴らされるロックなアンサンブルと、随所で耳を惹き付けるメロウで美しいメロディー、繰り返し聴きたくなるキャッチーなフレーズに抗うことができず、もしかしたらこの無防備な青臭さで彼らなりの突破口を見い出していくかもしれない、とも感じた。
しかし99年、レディオヘッドとの仕事で一躍その名を上げたナイジェル・ゴドリッチをプロデューサーに迎え、4人が2作目『The Man Who』で見せた突破口は、〈無防備な青臭さ〉どころの話ではなかった。前作で片鱗を覗かせていたメランコリックなメロディーが前面に表出し、叙情性豊かな世界を構築。これこそがトラヴィスの個性であり表現なのだと宣言してみせたのだ。同作と、続く2001年の『The Invisible Band』が共に全英チャート1位を獲得するに至って、彼らは国民的な人気バンドとしての地位を揺るぎないものにした。
その後、ニール・プリムローズ(ドラムス)がミュージシャン生命をも危ぶまれる事故に遭ったため、バンドは一時的に活動休止を余儀なくされ、解散説まで浮上するも、無事に復帰。2003年には社会的問題にも斬り込んだ『12 Memories』を、翌年には初のベスト盤『Singles』をリリースする。が、ふたたび彼らはしばらくの沈黙状態へ入ることに。
そして2007年、5枚目となる『The Boy With No Name』をみたびナイジェル・ゴドリッチと作り上げた4人は、同作に伴う大規模なツアーを敢行。その勢いをまんま持ち込んだ6作目『Ode To J. Smith』を、前作からわずか1年で発表する。また、これより長きに渡って在籍したインデペンディエンテを離脱。かつて“All I Want To Do Is Rock”をリリースした自主レーベル、レッド・テレフォン・ボックスに活動の拠点を置くようになる。
それから約5年、彼らはまたも沈黙期に突入。この間にメンバーは全員父親になった。家族と過ごす時間をゆっくり持ちながら次第に曲作りを始め、時間をかけて形にしたのが、2013年の前作『Where You Stand』だ。15年以上に及ぶ活動で培ってきたソングライティングや演奏、アレンジのスキルのもとに、持ち前の叙情性を鮮やかに甦らせた同作は、〈トラヴィス第2章の始まり〉とも呼びたくなるほどで、『12 Memories』以来の全英TOP3入りも果たしている。
4分間も必要ない

そして、通算8枚目のニュー・アルバム『Everything At Once』へと続く。まず印象的だったのは、非常にコンパクトかつタイトな作りであること。収録曲の多くは2分~3分台で、いわば古き良き時代のポップソングのマナーを踏襲しているのだ。フラン・ヒーリー(ヴォーカル/ギター)は言う、「歓迎に対して長居するべきではないね。曲を作る時、倹約的になることを学んだんだ。自分たちが言いたいことは、すべて伝えられるはずだよ。そのために4分は必要ないというだけさ」と。
昨年末に公開されたタイトル・トラックは、彼らにしては異色とも言うべきシンセを多用したエレクトロニック・チューンだったが、同曲をはじめ、〈らしさ〉全開の“3 Miles High”もあれば、軽快ポップな“Magnificent Time”もあり、壮麗なストリングスを効果的に配した“Animals”もあって……と、短いながらも個性際立つ楽曲群は流石と言うしかない。かつてはフランが一人で手掛けていたソングライティングも、近年は他のメンバーが加わるようになっており、そうした効果もあるだろう。曲調がヴァラエティーに富み、実際の収録時間以上のヴォリュームを感じさせる。さらに本作に新鮮な旨味をもたらしているのは、キャリア史上初めてゲスト・シンガーが参加したナンバー。“3 Miles High”にはノルウェーのオーロラが、“Idlewild”にはUKのジョゼフィーン・オニヤーマがそれぞれ華を添え、フランとの息の合ったデュエットを披露している。
こうして4人はわずか3分のなかで、過去について、未来について、人生について、愛について、伝えたいことを伝えようとしてみせた。おそらく、この世の中に満足はしていない。憂うべきこともたくさんある。けれど、それを押し付けがましく吐露するのではなく、示唆に富んだ言葉とストーリーで綴る。これもまた彼ららしい方法だろう。
気付くと音楽は聴き手のすぐそばまで近寄り、〈きみならどうする?〉〈きみはどう思う?〉と、その答えをこちらに委ねる。〈もし答えが出ないなら、まずは一緒に歌ってみればいい〉〈そのうち何かわかればいいね〉――そんな気軽さに私たちの日常は油断し、トラヴィスを招き入れるのかもしれない。ありきたりであたりまえの日常が少しばかり特別なものになる瞬間を、また楽しむ時がやって来た。
いまも綿々と受け継がれる〈UK叙情派ロック〉の心
トラヴィスをはじめ、コールドプレイやミューズなど、メランコリックな美メロを立たせたギター・ロック・バンドが頭角を現し、〈UK叙情派ロック〉なる潮流が生まれたのは、90年代終わりから2000年代初頭にかけてのことだ。その後、2000年代半ばに突入して以降も、スターセイラーやスノウ・パトロール、キーンといったグループが彼らの後を追いかけ、次々とブレイク。そうした動きと同調するようにUSでもエモい歌が支持され、フレイ、スウィッチフット、メイレイらがシーンの最前線に躍り出てきた。この延長上でイマジン・ドラゴンやX・アンバサダーズを紹介するのも、あながち的外れではないだろう。
それはさておき、ブリティッシュ・ロック界に話を戻すと、キャットフィッシュ・アンド・ザ・ボトルメン(間もなくリリースされる2作目も楽しみ!)やコーダラインの登場によって、〈叙情派ロック〉の流れはいま新たな盛り上がりを見せようとしている。新人離れしたスケール感を湛えるナッシング・バット・シーヴス、むせび泣くようなヴォーカルが特徴的なアンバー・ランほか、過去1年間も注目株が目白押しだったことは、あえて強調するまでもないか。
余談だが、トラッドな匂いも漂うアコースティック・サウンドを野暮ったさゼロで聴かせる、いわゆる〈トラヴィス節〉だったり、2001年作『The Invisible Band』で打ち出した〈演奏者のキャラクターじゃなく、音楽の質そのもので勝負する!〉といった哲学が、デビュー作『+』の頃のエド・シーランを筆頭に、ホージアーやジェイムズ・ベイら、現在のUKシーンで猛威を振るうシンガー・ソングライター勢へと受け継がれているような気がして……、そう感じているのはおそらく筆者だけじゃないはず。デビュー20周年目を迎えたいまなお、トラヴィスの影響力が弱まる気配は見られない。 *山口智男
カタログも続々とリイシューされるこの機会に、彼らの軌跡を振り返ろう!

胸を打つ美メロで知られる4人だが、スティーヴ・リリーホワイトが手掛け、全英8位を記録したこの初作に充満するのはむしろパワフルなエネルギー。時にギターが歪み、時にフランがシャウトするなど、若さが前面に出ている。リリース時にはオアシスともよく比較され、当のノエルも彼らを高く評価。ミディアム・テンポでじっくり感情を高ぶらせる“All I Want To Do Is Rock”など、後の〈トラヴィス節〉に通じる曲も。

バンドの名を一躍広めた初期の代表作。曲の良さやライヴ活動でじわじわ評判を呼び、初登場7位から時間をかけて全英1位に! “Driftwood”“Turn”“Why Does It Always Rain On Me?”など、軽やかで思わず口ずさみたくなるナンバーが多め。彼らならではの純粋さや透明感が、こちらの心まで美しくするような内容だ。ナイジェル・ゴドリッチを主軸に、イアン・グリンブル、マイク・ヘッジズもプロデューサーに名を連ねる。

グループとしての記名性の高さよりも音楽そのものの質が大切――そんな思いもタイトルに込め、見事に全英チャート初登場1位を記録。引き続きナイジェル・ゴドリッチに指揮を委ね、ヴィンテージ機材で知られるハリウッドのオーシャン・ウェイ・スタジオで録音。“Flowers In The Window”をはじめ、アコースティックを基調とする音作りが、メロウさとエヴァーグリーンさの共存した空気感に結び付いている。

ニールの怪我を機にしばし活動を休止して生まれたこの4作目は、彼らが初めて社会問題を歌った一枚に。きっかけは2001年の同時多発テロ事件。“The Beautiful Occupation”では多国籍軍のイラク侵攻を、“Re-Offender”ではDV問題を取り上げるなど、世界に蔓延するさまざまな矛盾や歪みを描いてみせた。シリアスでダークなトーンが全体を覆うなか、生き抜くための希望を感じさせる美曲“Love Will Come Through”が光る。

現時点で唯一となるベスト盤。タイトル通り、デビュー以降のシングル曲がズラリと並ぶほか、2つの新曲(“Walking In The Sun”と“The Distance”)も収められている。曲順は発表の時系列ではない。それゆえに彼らの成長譚ではなく、〈見えないバンド(=The Invisible Band)〉ということにこだわり、曲の良さのみで勝負してきた彼らの哲学が、感嘆するほど良い曲たちの間から純粋に浮かび上がってくる。

泣きながら笑いたくなるようなメロディーが連なる、トラヴィスらしさが発揮された一枚。本作に先立ってフランに子供が生まれたことも関係し(“My Eyes”はずばり息子誕生の曲)、人生の多彩さ、命や愛など人間にまつわるポジティヴな側面に目を据えた、とても晴れやかな作品だ。また、フラン以外のメンバーも作曲者としてクレジットされ、転機を感じさせる。プロデュースはナイジェル・ゴドリッチ。

自身のレーベルから発表した本作は、〈名もなきキャラクターに関する短編小説集〉というイメージで作られたそう。数回の小さなギグで楽曲たちを演奏し、こなれさせ、2週間という短期間でRAKスタジオにてレコーディング。果たして、初作にも通じる独特のロック感やエネルギッシュさが宿ることに。収録曲の半分以上をアンディ・ダンロップ(ギター)とダギー・ペイン(ベース)が書いている点も見逃せない。

フランによる初のソロ・アルバムは、彼が住むベルリンでの録音。ポール・マッカートニーやニーコ・ケース、ノア&ザ・ホエールのトム・ホブデンら豪華ゲストも大勢駆け付けている。プロデュースはエミリー・ドビンズと共にフラン自身が担当。歌を軸にしつつ、ドラムンベースを採り入れたり、ピアノをリズム楽器のように使用したり、本隊のプロダクションとは異なるアプローチが試された、意欲的な一枚だ。

自分の子供に人生で大切なことをひとつずつ伝えていく“Reminder”を筆頭に、穏やかで明るい曲ばかり。ダギーは本作を「ポジティヴでハッピーな作品」と衒いなく語っていた。デモを持ち寄る従来の方式ではなく、初めてスタジオで4人全員が100%コラボしながら制作。その結果、タイトル・トラックなど数曲でフランは演奏せずに歌うのみ、というこれまた初の試みも。前に向かおうとする彼らの姿勢が見え隠れする。