©Michael McGlynn

生と死の往還――ケルト世界の深淵へといざなう霊的ハーモニー

 ケルト音楽及びワールド・ミュージックのファンが1年のしめくくりとして楽しみにしている年末恒例の音楽イヴェント〈ケルティック・クリスマス〉。今年は客層がいつもより多様になるはずだ。通常、ケルクリでは毎回2~3組の海外アーティストが招聘されるのだが、今年来日するのはアイルランドのコーラス・グループ、アヌーナだけだから。

 アヌーナのレパートリーの多くは中世アイルランドの宗教曲などが土台やモティーフになっており、歌詞にもゲール語が多用される。統一されたフォーマルな衣装は修道士/修道女を思わせ、そのパフォーマンス空間は常に神聖な空気に包まれている。だから、一見、ヒーリング系のケルト音楽コーラス・グループだとみなされがちだ。しかし、実際そのハーモニーの細部には不協和音が周到にまぶされており、メロディ展開もリズム構造も一筋縄ではいかない。牧歌的情景が一瞬にして太古のベイガニックな荒野に変わったり、SF的シュールな世界が立ち現れたりする。確かに、現代ケルト音楽の一種ではあるけど、それ以上に、現代音楽や実験音楽の色合いが濃いのだ。

 そして、この美しい響きと神秘的ステージングに内包された音楽的複雑さ、芸術的ヴィジョンの高邁さを最も正確かつ素直に受け入れてきたのは、本国アイルランドではなく日本のリスナーたちである。だからこそ彼らは、2005年の初来日以来何回も来日公演をおこない、リーダーのマイケル・マクグリンも日本の聴衆の質の高さを常々讃えてきた。

 9年ぶりに出た彼らの最新アルバム『Otherworld』でも、日本との絆は一段と強まっている。ゲーム音楽の大家である光田康典が手がけた「ゼノブレイド2」のサントラ盤に収録されたアヌーナとのコラボ曲4曲の新録版が収録されているのだ。もちろんそこでは、アヌーナならではの解釈によって、アイルランドと日本、二つの感性と哲学が見事に共振している。マイケル本人が「アヌーナのネクスト・フェイズ」と語るとおり、次から次へと新たなイマジネイションを喚起させられる芳醇な傑作だ。

ANÚNA 『Otherworld』 Anúna Teoranta/PLANKTON(2024)

 8度目になる今回の来日ツアーでは、全国各地で計9回の公演が予定されているが、特に、東京のすみだトリフォニーホール(2024年12月7日(土))のみでおこなわれる特別公演〈雪女の幻想〉は必見だろう。これは、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の「雪女」(「怪談」に収録)を元に創作された能舞+コーラスのコラボ・プロジェクト(能楽師の津村禮次郎、大鼓奏者の柿原光博、笙奏者の東野珠実が参加)である。アヌーナは2017年に、能とコラボした〈ケルティック能「鷹姫」〉で大喝采を浴びたが、常々、異界(アザーワールド)との往還、生と死の交錯を大きなテーマとして掲げてきた彼らにとっても、今回の演目へのチャレンジは更なる飛躍へのまたとない好機となるはずだ。そして私たちは、未だ知ることのなかったケルト世界の深淵をのぞき込むことになるだろう。

 


LIVE INFORMATION
ケルティック・クリスマス 2024
アヌーナ特別公演「雪女の幻想」~神秘のコーラスと能舞~

2024年12月7日(土)すみだトリフォニーホール 大ホール
開場/開演:16:45/17:30
出演:アヌーナ(コーラス)
ゲスト:津村禮次郎(能)/東野珠実(笙)/柿原光博(大鼓)
https://www.plankton.co.jp/xmas24/sumida.html

ケルティック・クリスマス 2024
アヌーナ来日公演2024

2024年11月22日(金)兵庫県立芸術文化センター
2024年11月23日(土)大阪・ザ・フェニックスホール
2024年11月24日(日)愛知・東海市芸術劇場
2024年11月26日(火)北海道・札幌文化芸術劇場 hitaru
2024年11月29日(金)静岡音楽館AOI
2024年11月30日(土)神奈川・青葉区民文化センター フィリアホール
2024年12月1日(日)埼玉・所沢市民文化センター ミューズ
2024年12月7日(土)東京・すみだトリフォニーホール(特別公演)
2024年12月8日(日)東京・三鷹市芸術文化センター
https://plankton.co.jp/xmas24/