ここが私の帰る場所……USポップ・パンクへの傾倒を経て4人が立ち返ったのは、 英国ならではの美しさや翳り。『Smitten』が誘う夢の世界で、彼女は何を想う?
本来のペール・ウェーヴス
前作『Unwanted』は2年前のリリースだから、アルバム間のインターヴァルとしては決して長くない。しかしここに完成したペール・ウェーヴスの4作目『Smitten』は、前作とはまるでモードが異なる。そもそもタイトルからして、〈望まれない者〉に対してこちらは〈夢中〉なのだから、対極にあるとも言えるだろう。いや、この非常に古めかしい英単語が示唆するのは、〈夢中〉どころかもっと強く深い愛情であり、のめり込んで我を忘れてしまうような甘美な想い。恐らく正確なニュアンスは〈ぞっこん〉に近いのかもしれない。ほぼ全編ポップ・パンク路線の『Unwanted』に充満していた怒りや失望や喪失感は霧散し、『Smitten』は甘くて、フェミニンで、ロマンティック極まりない。では、いったいこの間に何があったのか? メイン・ソングライター/シンガーのヘザー・バロン・グレイシーに素直な疑問を投げかけてみると、彼女は丁寧に経緯を説明してくれた。
「『Unwanted』がああいうアルバムになったのは、まだパンデミックが続いている頃に着手したことに関係していて、ステージでプレイできないというフラストレーションに駆り立てられた作品だったから。いつかライヴ活動を再開できる日を想像しながら、ビッグでエネルギーに溢れていて、ヘヴィーでさえあるサウンドを志向したわけ。全体的にかなりディストーションを効かせた音だったよね。そういう意味では、意図的だったとはいえ、私たちのアルバムの中では異色の一枚だった。でも、その後またライヴができるようになって、溜まっていたフラストレーションを一掃できた。それゆえに『Smitten』では、本来のペール・ウェーヴスらしい世界に帰って来れたんだと思う」(ヘザー・バロン・グレイシー:以下同)。
英国マンチェスターで結成されダーティ・ヒットからデビューしたこのバンド――ヘザー、キアラ・ドラン(ドラムス)、ヒューゴ・シルヴァーニ(ギター)、チャーリー・ウッド(ベース)――が辿り着いた〈ペール・ウェーヴスらしい世界〉とは、〈原点回帰〉と評することもできるのかもしれない。プロデュースや共作でサイモン・オスクロフト(エイシズ、キンジーなど)及びイアン・ベリーマン(ビーバドゥービー、ウルフ・アリスなど)の協力を得た4人は、前作のアメリカンなテイストを払拭。ヨーロッパへと軸足を戻し、自分たちが若い頃から聴き親しんできたキュアーやコクトー・ツインズ、あるいはクランベリーズ、サンデイズといったアーティストたちの影響を色濃く反映させている。「これらのバンドは私にとってタイムレスな存在であり、常に帰って来ることができる場所みたいなもの。だから自分たちにとってもっとも自然な音を出すとなると、どうしても彼らの影響が強く表れるんだよね」とヘザー。彼女は、サウンド志向だけでなくリリシストとしての自身のスタンスも、ここにきて大きく変わったと話す。例えば、いままでのように現在進行形で自分の身に起きていることを題材にするのではなく、過去のビタースウィートな恋愛体験にインスピレーションを求めた。
「過去に目を向けたのは私が少し歳を取ったことに関係しているんだろうね。ずっと前に起きたことと冷静に向き合えるようになったし、当時はすごく気まずかったシチュエーションも、いまなら大らかな気持ちで検証できる。だからこそ、過去に目を向けてるんだと思う。今回初めて歌詞で触れたことも多くて、若い頃の自分について改めて気付かされることがあった。昔の私はすごくナイーヴで、世界に自分の居場所を一生懸命探していたんだよね。なんとかして自己を確立して、〈安らぎを得たい、他者に愛されたい〉と願っていた。こういう成長のプロセスは長い時間を要するし、多くの人が同じような体験をするわけだから、広く共感してもらえるんじゃないかな」。