タワーレコードのフリーマガジン「bounce」から、〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに、音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴っていただく連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉。今回のライターは村田誠二さんです。 *Mikiki編集部

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 パリ・オリンピックが終わった。とり立てて注目していたわけでもないが、始まると、手に汗を握って、負けそうになると心臓のドキドキが止まらなくなる。審判のコールに「それはないだろ!」なんて言ってみたりもする。勝てば歓喜のうちに、負ければ落胆のうちに、たちまちそのドキドキは消える。ふと、今のドキドキは何だったのか?と考える。僕は“何が”負そうになるとドキドキしていたのだろう?

 僕の世代は、ウルトラマンや仮面ライダーを筆頭に、とにかく“ヒーロー”には事欠かなかった。近所の友達と“ヒーローごっこ”で遊んだり、ヒーロー気取りも板についている。テレビの中では、悪の集団が善良な市民を捕らえて蹂躙し、「このままどうなっちゃうのか……」なんてドキドキしていると、ジャーン! ヒーロー登場!「待て! そうはさせないぞ!」と悪党たちを次々となぎ倒し、必殺技を繰り出して最後の親玉をやっつける。ふぅ、一件落着……。

 今回のオリンピックでは、SNS上での選手や審判への誹謗中傷が問題になったが、もしかして、観る側がこんな“ヒーロー”を待ち望んでいないだろうか?――自分が守りたいものを投影したヒーローが、必殺技で相手を圧倒する。そんな勧善懲悪に似たストーリーを――。ドキドキしていたのは、自分にとっての善が不安や危機に晒されるからだ。ヒーローの登場で不安が安堵に変わると溜飲が下がる。逆に、溜飲が下がらず不安のままにされると、自ら攻撃の徒になってしまう人がいるのかもしれない。攻撃の言葉は、酷いほど不安が軽減される。これでは、何と何が、何のために闘っているのかはどうでもよくなってしまう。闘う本人はメディアによってヒーロー扱いはされるが、必殺技も、葵御紋の印籠も持っているわけじゃない。僕らは、日常身の回りで起こる問題を、ヒーローが現れて必殺技や印籠で一気に解決してくれるなんて奇跡でしかないことを知っているはずだ。ただ、音楽は奇跡を起こす。

 1999年、東京スカパラダイスオーケストラが、創立メンバーでもあるドラマー青木達之氏を失ったという報を受けたとき、僕の大好きなスカパラはどうなっちゃうのか、直後に控えているツアーはどうなるのか、不安でドキドキは止まらなかった。そんなときに降臨した中村達也氏は、必殺技とか印籠なんて関わり方を超越した、まさにヒーローだった。Zepp Tokyoに放たれたスカパラは、中村達也という予測不能な分子を迎え、火花を散らすがごとく激しくぶつかり合った。そのステージは刹那だが永遠を感じるような、音楽が生命と繋がっていることを感じるような奇跡の体験だった。そして闘いが終わると、達也氏はまさにヒーローのように、元居た場所に帰っていった。

 このストーリーは1話完結ではない。スカパラはこの後、すぐに茂木欣一という新たなヒーローを迎える。その1発目「フィルムメーカーズ・ブリード〜頂上決戦〜」でのドラム・プレイを聴いてブッ飛んだ。え、フィッシュマンズの人だよね?……あの衝撃は生涯忘れない。咆哮のハイピッチ・スネアで小節線をガンガンまたいでいく、枠に収まるつもりのないフィルインが、疾走するスカビートを乗っ取っていく。このフレーズの“割り切れなさ”が、僕の割り切れない気持ちに“グルーヴ”を与えてくれた。悲しみを乗り越えグルーヴしていいんだ、と。

 “奇跡の9人”=東京スカパラダイスオーケストラは、茂木さんを迎えて20年を超え、今もデビュー35年アニバーサリー・ホール・ツアーの真っ最中。11月の“スカパラ甲子園”でも、また奇跡が起きるような気がする。

 


PROFILE: 村田誠二
ドラム・インタビュアー/編集者。
元『リズム&ドラム・マガジン』副編集長。フリー転身後、携わった近著は、村上“ポンタ”秀一『俺が叩いた。 ポンタ、70年代名盤を語る』、同『80年代を語る』、『東京バックビート族 林立夫自伝』他。さらにサザンオールスターズ・松田弘のYouTube番組『サザンビート』助手やドラム・マガジン連載“STUDIO GREAT“を担当。ドラム歴38年、アマチュア・ドラマーとして活動中。

 

〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉は「bounce」にて連載中。次回は2024年10月25日(金)から全国のタワーレコードで配布開始される「bounce vol.491」に掲載。