タワーレコードのフリーマガジン「bounce」から、〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに、音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴っていただく連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉。今回のライターはカワムラユキさんです。 *Mikiki編集部
★連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉の記事一覧はこちら
昨秋、小田原を経由して久しぶりに神戸を訪れた。渋谷から湘南エリアに引っ越してから、東京を経由せず地方都市に向かう旅が新鮮で、あれやこれやと経路を調べては出張ついでの小旅行を繰り返している。神戸は20年前くらいから頻繁に通っていた思い出の街で、一時期はラジオ番組のレギュラーを務めていた事もあったりと。
三宮や元町の高架下は海外からの観光客が増えたくらいで、神戸特有のゆったりとした空気感は相変わらず。ただひとつ認識が変わったことがあり、それは自分にとって大きな指針である作詞家の松本隆先生が、神戸にも拠点を作って暮らしているということを記事で知ってから。音楽ファンの教科書である、はっぴいえんど「風街ろまん」に流れる古き良き東京らしさと、街として何か通ずるものがあって、きっと先生は幼少期から住み慣れた東京以外の新拠点として、神戸を選ばれたのだろうと。先生の面影を感じながらの街歩きは特別な時間に。
ここ20年の東京の変化には馴染めない人たちの声を聞くことは最近益々多く、もれなく自分もその一人。加速する再開発や経済優先の構造改革で刷新された無駄のない街づくりには、長く暮らし親しんだ渋谷を歩く喜びや愛着が、日ごと目減りしてゆくのを肌感レベルでも感じている。明らかにそんな東京からは、かつて先生が綴っていたような詩世界の着想の種は芽吹きにくくなってしまったと連想するが、都会の人と人との距離を描いてきた先生の新たなノマド的生き方は、とても柔軟で魅力的にうつった。
細野晴臣、大瀧詠一、鈴木茂との青春の舞台だった60年代の東京に始まり、ロックを日本語で表現する中で見つけた語感と感性。そして太田裕美から薬師丸ひろ子、松田聖子、斉藤由貴、寺尾聰に桑名正博など芸能とジャパニーズポップスの黄金期の立役者として、プロデューサー的感覚も備わった作詞家の華々しい活躍。歌謡界での筒美京平との名コンビ仕事と並行して、青春時代に培ったミュージシャンシップやコネクションをアイドルの楽曲制作に繋げて新機軸を作るなど、仲介者として果たした功績も数えきれない。
高度経済成長期は音楽制作の現場でも現在の比にもならないほどに多くの可能性に満ち溢れていたけれど、皮肉にも圧倒的な成長の副作用のように東京の情緒は失われてしまったように思える。しかし、あの時の輝きと閃きを詰め込んだ名曲たちは未だ眩しく、時を経た今でも新たな気づきを授けてくれている。まさに先生と周囲の才能の共鳴は、東京の黄金時代の結晶だったに違いない。
今年で作詞家人生55周年を迎えられた先生。2025年は本格的に風の時代に突入し、様々な風を捕まえて言葉を綴ってきた先生の作品たちは時を越えてなお、更に変わりゆく東京という街にとってのお守りのように輝いてゆく。そしてふと、エンディングに名曲「風をあつめて」が流れる近年の東京を舞台にしたヴィム・ヴェンダースの『PERFECT DAYS』のラストシーンを思い出し、先生が以前に描いていた東京の風と街の感触から派生して再び、未来のストーリーが思いがけない形で始まる予感や気配を感じたことを、忘れないで生きてゆこうと思ったのです。
PROFILE: カワムラユキ
バレアリック・スタイルのDJ & プロデューサー、作家。近年は渋谷区役所の館内BGM選曲、オープンワールドRPG「CYBERPUNK 2077」の楽曲プロデュースを担当。作家としては幻冬舎Plusにて音楽エッセイ「渋谷で君を待つ間に」を連載中。2010年に道玄坂にて築約70年の古民家をリノベーションしたウォームアップ・バー「渋谷花魁」をオープン。連動して国内外でラジオ番組やネットレーベルを運営中。
〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉は「bounce」にて連載中。次回は2025年2月25日から全国のタワーレコードで配布開始された「bounce vol.495」に掲載。