〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴ってもらう連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉。今回のライターは青野賢一さんです。 *Mikiki編集部
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高橋幸宏を語る際、必ずといっていいほど挙がるのが「ジャストなドラム」。このフレーズは、氏がドラムを演奏した楽曲を聴けば誰もが納得できるものだと思う。小節、拍の頭にバシッと入るドラムが曲に推進力を与え、グルーヴを生み出す――と、こう書くのはたやすいことだが、これを実現するための仕組みはどうなっているのだろう。
なんらかの発音が生じるときには、それを引き起こすなにかが必要となる。スティックでドラムやハイハット、シンバルを叩くとか、フットペダルのビーターでバス・ドラムをヒットするとか、そういうアクションが音を出すにはマスト、ということである。実に当たり前の話だが、もうひとつ考えなくてはいけないのが時間。「ここで音を鳴らしたい」と思った時点で動作を始めたのではすでにそのタイミングは過ぎ去ってしまっているわけで、それを念頭においた「時間の先読み」をしたアクションが必須であり、またその動作にかかる時間も計算に入れておく必要がある。氏のドラム・プレイ、とりわけYMOの頃のそれを見ると、ジャスト&タイトなグルーヴを崩すことなく次の一打に俊敏に移っていることがわかる。無駄がないのである。あの個性的なドラミングはこんなふうに成り立っているのではないだろうか(と、文章でこう書くのは簡単だが……)。
昨年6月に開催された展覧会「YUKIHIRO TAKAHASHI COLLECTION Everyday Life」(代官山ヒルサイドフォーラム、ヒルサイドプラザ)で、ライブ映像とともにクリック(演奏者だけに聴こえる楽曲のテンポのガイド)、ドラム、ヴォーカルなどをヘッドフォンでモニターできる「CUE BOXコーナー」というものがあった。わたしは同展の「FAVOURITES OF YT 高橋幸宏が愛用したもの」と銘打ったコーナーに携わっており、会期中は毎日会場にいたのだが、CUE BOXコーナーは連日大盛況。それなので、自分が体験するのは無理だなぁと諦めていたところ、最終日のクローズ直後、一般のお客様がお帰りになられたタイミングで2曲ほどトライすることができた。ここで聴いた「Riot In Lagos」(WORLD HAPPINESS 2008のHASYMO名義でのパフォーマンス)は、クリックから微妙に離れる箇所もあったのだが、それをきわめて自然に立て直していることに興奮したのをよく覚えている。以前にご本人から「ライブではズレるときはズレるよ」とは聞いていたし、それをリカバリーしていたのも理解していたけれど、こうしてクリックと合わせたものを聴くと、すごいの一語に尽きる。
小節や拍の頭を自らつかみにゆくことと、自分を律してクリックやトラックと共存しながらグルーヴをつくり出すこと――こうした氏のドラミングは、たとえばファッションにおいても近しいものがあるように思う。アグレッシブでありながら抑制が効いているとでもいえばいいだろうか。思えばそんな姿勢にずっと影響されてわたしは生きてきた。小学校6年から音楽、ドラム、ファッションに能動的になったのはまぎれもなく氏のおかげである。だが振り返ってみると、不思議とまねはしてこなかった。自分は自分でしかないわけで、外見をまねたとてそれは変わらない。だから「幸宏さんが着ていたあの服が欲しい」でなく「あんなふうに服を着たい」とずっと考えていた。影響の表現の仕方は人それぞれだが、わたしの場合は物事に対する姿勢、佇まい、ムード、そんなところを大切にしてきたのだと思う。
氏の誕生月である6月にこのテキストを書くことができたのは嬉しいが、本音をいえば幸宏さんに読んでもらいたかった。ビールでも飲みながら「青野くん、タワレコのあれ、面白かったよ」なんていってもらえたら最高だった。
PROFILE: 青野賢一
1968年、東京生まれ。ビームスにてPR、クリエイティブディレクター、音楽部門〈ビームス レコーズ〉のディレクターなどを務め、2021年10月に退社、独立。現在は、ファッション、音楽、映画、文学、美術などを横断的に論じる文筆家としてさまざまな媒体に寄稿している。2022年7月には書籍『音楽とファッション 6つの現代的視点』(リットーミュージック)を上梓した。
〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉は「bounce」にて連載中。次回は2025年6月25日から全国のタワーレコードで配布開始された「bounce vol.499」に掲載。