〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴ってもらう連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉。今回のライターは青野賢一さんです。 *Mikiki編集部

★連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉の記事一覧はこちら


 

 いまではすっかり買わなくなってしまったが、子どもの頃までさかのぼると炭酸の清涼飲料水を好んで飲んでいた時期があった。何を選ぶかを決めるのはテレビCM。自分好みのCMかどうかが購入の動機となっていたのだ。そんな観点からよく飲んでいたのは「キリンレモン」。“レモンライムの青い風”というキャッチフレーズはなんだか魅力的に思えたし、CMの雰囲気もどこか外国かぶれで洒落た感じだったからだろう。このキリンレモンのCMでよく覚えているのはバスケットボール篇。CMの主人公(中島はるみ)がグリーンのスウェットを脱ぐとイエローのバスケット・ユニフォーム姿になる、というもので、改めて見直したところ足元は〈アディダス〉のスニーカーだった。CMでは“レモンライムの青い風”のフレーズが織り込まれた楽曲が使われており、先のバスケットボール篇では竹内まりやの「ドリーム・オブ・ユー~レモンライムの青い風~」が流れていた。もちろん当時はクレジットなど気にしてはおらず、このCM曲のなんたるかを知るのはずっとあとのことなのだが、声のトーンやメロディは不思議と印象に残った。1979年のことである。

 竹内まりやのことをしっかりと認識するようになったのは、「不思議なピーチパイ」(1980)から。その前にリリースされていた「SEPTEMBER」も耳にしてはいたが、「不思議なピーチパイ」は同年の資生堂の春のキャンペーン・ソングだったこともあり、テレビの歌番組で唄う姿を観ることができたのが大きかった。歌がうまくて、英語の発音がきれいなお姉さんだなぁという印象だった。当時はアイドル・ブームだったが、アイドル風のひらひらした服でなく、明るく上品でこなれたファッションもほかの人とは違うムードを漂わせていたように思う。

「不思議なピーチパイ」をフィーチャーしたCMは軽やかで春らしく、ウキウキした気分を与えてくれて好きだった。先に記した自分の購入動機に準ずれば、これらも買いたくなっておかしくはないのだが、さすがに化粧品ということで思いとどまった。振り返れば、CMに影響されるチョロい子どもだったけれど、同時にその頃のCMのクオリティが高かったともいえるのではないだろうか。

 さて、竹内まりやに話を戻すと、その後、河合奈保子や岡田有希子、薬師丸ひろ子らに提供した楽曲のクレジットで名前をたびたび見かけるようになる頃には、「あの竹内まりやだ」と理解するようになっていた。歌うだけじゃないんだ、あの人は、と。

 昨年の晩秋だったと思うが、レコードを見ようと渋谷のタワーレコードを訪れた際、エスカレーターに乗っていたら竹内まりやの新作リリースを知らせるポスターが目に入った。エスカレーターで移動しながら眺めているので細かいところまではわからなかったが、その作品が『Precious Days』というタイトルで、オリジナル・アルバムとしては実に10年ぶりとなるものだというくらいは読み取ることができた。ご本人が書いたサインとメッセージがそのポスターに添えられていたのも。それはとても読みやすくきれいだが、かしこまった感じでなく極めて自然な筆致だった。へぇ、こういう字を書くんだ、などと思いながら、わたしはそのまま上階の「TOWER VINYL」を目指した。

 あとになって、『Precious Days』を聴いてみると、あのポスターに書かれた文字の印象がよみがえってきた。大上段に構えたり、声高に主張を叫ぶことなく、聴く者の内面にスッと自然に届く歌のなかの言葉――それはたまたま見たポスターに記された筆跡の印象と大いに重なるものだった。そうした表現の一貫性、そしてそれをアップデートしながらずっと続けてきた姿勢に感嘆、感心しつつ、自分ももう少しきれいな文字を書きたいものだ、といまさらながら思った。

 


PROFILE: 青野賢一
1968年、東京生まれ。ビームスにてPR、クリエイティブディレクター、音楽部門〈ビームス レコーズ〉のディレクターなどを務め、2021年10月に退社、独立。現在は、ファッション、音楽、映画、文学、美術などを横断的に論じる文筆家としてさまざまな媒体に寄稿している。2022年7月には書籍『音楽とファッション 6つの現代的視点』(リットーミュージック)を上梓した。

 

〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉は「bounce」にて連載中。次回は2025年2月25日(火)から全国のタワーレコードで配布開始された「bounce vol.495」に掲載。