〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴ってもらう連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉。今回のライターは青野賢一さんです。 *Mikiki編集部
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2000年代の後半だったか2010年代かは定かでないが、渋谷マークシティにあったコミュニティFM「SHIBUYA-FM」のスタジオを訪れた際のこと。当時わたしは同FMで1時間のDJミックス番組を受け持っていて、定期的にスタジオにお邪魔していたのだが、あるとき鮎川誠さんと偶然お会いした。鮎川さんはブルースをかけるレギュラー番組を持っており、わたしがお目にかかったのはおそらくその収録後だったと思う。鮎川さんの番組の出演者のひとりであった本根誠さんにご紹介いただいた際、鮎川さんは小さなノート・パソコンでエクセルを使って作業しているところだった。稀代のロックンローラーとエクセルはなかなか結びつきにくい。何をされているんだろうと伺ったら、番組でオンエアした曲をリスト化しているという。この番組、同局のなかでも長寿プログラムということで、こうして曲の不要な重複や偏りが出ないようにしていたのだ。ロックンローラーの意外なマメさに驚いた。
2017年にロックンロールの世界でもっとも著名な写真家のひとり、ボブ・グルーエンの作品集『ROCK SEEN』の日本語版が刊行された。これに合わせて池袋パルコの「パルコミュージアム」で「ボブ・グルーエンと100人のロックレジェンド」と題した展覧会が開催されたのだが、ボブ・グルーエンとゆかりのあるアーティストのインタビュー映像を会場で流すという企画で、わたしは鮎川さんのインタビューを担当することとなった。下北沢、茶沢通り沿いのリハーサル・スタジオの一室で行われたインタビューでは、とても気さくにいろいろなエピソードをお話しくださったのをよく覚えている。ちなみに『ROCK SEEN』に掲載されているシーナ&ザ・ロケッツの写真(1988年にニューヨークのスタジオで撮影したものと1993年のライブハウス「CBGB」でのパフォーマンスの模様を収めたもの)に添えて、ボブ・グルーエンは当時のことを回想し「シーナ&ロケッツ、日本で最もホットなパンク・バンドのひとつ。CBGBで彼らが演奏したときは両方とも完売だった」と述べている。
我々の世代には「スネークマン・ショー」と『ベストヒットUSA』でつとに知られている小林克也さんが2019年、78歳の誕生日に「ベストヒットUSA feat. 小林克也&ザ・ナンバーワン・バンド」というコンサートを日本青年館で行った。このコンサートのスペシャル・ゲストだった高橋幸宏さんにお誘いいただき、わたしは会場で拝見することができたのだが、アンコール曲でやはりスペシャル・ゲストとして参加した鮎川さんが実に楽しそうにギターを弾いていたのが印象的だった。この曲、コンサート参加アーティスト全員がステージに上がっての演奏だったが、みんなノリノリだったこともあってなかなか終わらなかった。終演後、そのことを幸宏さん(同曲でドラムスを担当)に言ったら「だって鮎川くんなかなか終わんないんだもん(笑)」と、ちょっと嬉しそうな表情で返してくださった。それを聞いて、鮎川さんをはじめ出演者全員がロック少年に戻っていたんだな、と思ったものである。
その鮎川誠さんも残念ながら昨年1月に鬼籍に入られてしまった。自分が10代のはじめ頃から聞いていた、かっこいい音楽を奏でる人たちがいなくなってしまうのは寂しい限りではあるのだが、こうして自分の言葉で文章に遺しておくことで、そういう方々の音楽や佇まいは人々の記憶のなかで生き続けるのかもしれないんだな――そんなことを考えた2024年の小雪(しょうせつ)だった。
PROFILE: 青野賢一
1968年、東京生まれ。ビームスにてPR、クリエイティブディレクター、音楽部門〈ビームス レコーズ〉のディレクターなどを務め、2021年10月に退社、独立。現在は、ファッション、音楽、映画、文学、美術などを横断的に論じる文筆家としてさまざまな媒体に寄稿している。2022年7月には書籍『音楽とファッション 6つの現代的視点』(リットーミュージック)を上梓した。
〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉は「bounce」にて連載中。次回は2024年12月25日(水)から全国のタワーレコードで配布開始された「bounce vol.493」に掲載。