タワーレコードのフリーマガジン「bounce」から、〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに、音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴っていただく連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉。今回のライターはカワムラユキさんです。 *Mikiki編集部
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日本武道館にて名盤『LIFE』リリース30周年を記念した再現ライブ決定のニュースが流れたとき、当時から今までの景色が走馬灯のように過ったミドルエイジはきっと多いに違いない。
遡ればさらに昔、小沢健二ことオザケンが在籍していた伝説のユニット、Flipper’s Guitarの世界観には、大人になる前だけど子供でもない思春期の不安定な時期を救ってもらったように感じている。レコードをディグって音楽を聴く楽しみ、それに紐づくファッションやアートとの交わりを堪能することで、退屈な日常が豊かな時間になると知れたこと。もしも体得できていなかったら、人生の現在地は全く違ったものになっていただろう。
ソロデビュー前の93年6月、日比谷野外音楽堂で行われた伝説のフリーコンサートの衝撃は今でも鮮烈で忘れられない。一新された詩世界と佇まい、名うての熟練ミュージシャンに囲まれてステージに立つ凛々しい姿。そして社会と対峙して大人になってゆく背中を見た。こんな風に自分も大人になって、しっかりと社会を生きてゆかなければと思い始める契機にもなったから。
TVやコマーシャルに出るようになってからのオザケンは、華々しい家系と圧倒的な教養で社会や芸能界を順調に泳いでゆき、それは永遠に続くものだと。しかし私自身が社会に出たタイミングと前後して、世紀末を迎える前に表舞台からは消えてしまった。
指標を失いながらも時間と責任に追い立てられるまま、待ってはくれない大人の世界を右往左往しながら生きてゆく中で、諌めきれない情動に悩まされた時に届けられた5年ぶりの新作は『Eclectic』。いつの間にか東京を離れてニューヨークに移住していたオザケンが、親密で濃厚な愛についてを紡いでいた。大人の恋のサントラとして密かに嗜み、そのモーメントの果てを見つめながら蓄積してゆく疲れに飽き始めた頃、全編インストゥルメンタルのアルバム『Ecology of Everyday Life 毎日の環境学』が発表される。バイオリズムとのシンクロは優雅極まりないものだった。そしてオザケンから言葉は消えて、沈黙での語り合いと音像が導いたのは熱くなり過ぎた世界の加速に、一人の人間として適応してゆく術をどう身につけるか。天変地異に社会情勢、山積みの課題と向き合いながらも、セルフケアやメディテーションの重要性を意識してゆく。高度経済成長期の手本が何も参考にならない社会で、どう生きて音楽に救われて生活を続けてゆくかを問われた気がした。
更に時は流れ、2019年にオザケンは新作『So kakkoii 宇宙』の発表と共に本格的に音楽活動を再開してゆく。未来を作る子供たちをイメージして創作が繰り広げられているのか、とても眩しい音楽だった。分別もついて歳をとり、自分自身になんて興味を抱けなくなったミドルエイジの今、他者及びこれからの未来を作る人たちとの繋がりがあってライフは成立する。
それぞれの魂や個の存在は流動的な宇宙の一部で、きっと音楽も然り。融通無碍に生きて音楽と共にライフを紡いでゆく、そんな営みが何よりきっと美しいはずだから。
PROFILE: カワムラユキ
バレアリック・スタイルのDJ & プロデューサー、作家。近年は渋谷区役所の館内BGM選曲、オープンワールドRPG「CYBERPUNK 2077」の楽曲プロデュースを担当。作家としては幻冬舎Plusにて音楽エッセイ「渋谷で君を待つ間に」を連載中。2010年に道玄坂にて築約70年の古民家をリノベーションしたウォームアップ・バー「渋谷花魁」をオープン。連動して国内外でラジオ番組やネットレーベルを運営中。
〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉は「bounce」にて連載中。次回は2025年4月25日から全国のタワーレコードで配布開始された「bounce vol.497」に掲載。