J-POP史が凝縮された原点回帰にして最新型
“Plazma”について米津は、音楽を作り始めた頃の喜びや子どもの頃の無邪気さを再現しようと試み、これまでのように共同アレンジャーと作業することはせず、すべて自身で制作したことを各インタビューで語っている。ハチの曲“ドーナツホール”の映像を2024年に新たに作ったことも影響して、『LOST CORNER』で到達した近年のモードを一度終わらせ、〈あの頃に戻ろう〉と中学時代にDTMへ打ち込んでいた頃の感覚で、音や情報を一曲へ大量に詰め込んでいった――。
そんな米津の言葉を踏まえると、“Plazma”はハチの“パンダヒーロー”などを思い出させるし、性急なスピード感は若々しく瑞々しい焦燥感の直接的な表現で、リリースカットピアノの音色を原点回帰的に選び取ったのも自然だ。平沢進の音楽やボカロ曲との出会いからDTMでの制作やボカロPとしての活動にのめり込んだハチ名義時代が米津にとってキャリアの重要な始点だったからことは、もはや説明するまでもない。
だから“Plazma”には、2000年代後半以降のニコニコ動画カルチャー、ボカロ曲の人口への膾炙、ボカロをルーツとする音楽家の活躍やYOASOBI以降のJ-POP、そして2025年現在といった10数年の流れが圧縮されているようだ。この曲を聴いていると、米津の音楽を通してJ-POP史を浴びているかのような感覚になる。
原点回帰といっても、米津もリスナーも10数年ぶん年月を重ねているわけで、その期間に音楽も社会も大きく変化してきた。過去にまるっと戻るなんてことは不可能である。だからこそ、現在の視点から過去を相対化した古くて新しい感覚、単純な懐古主義ではない不思議な時間の凝縮がこの曲にはある。
人生の〈もしも〉と選び取ったものに思いを馳せる歌詞
制作にあたって米津は、鶴巻から「ジークアクス」の主人公マチュとニャアンの関係を軸にしてほしいと頼まれたが、「ジークアクス」が持つ「ガンダム」シリーズのIFストーリー性(制作者たちは「架空戦記」と言っている)に着目し、「有り得たかもしれない可能性、選び取らなかった選択肢に対する想像を根幹に据え」たという。漫画家になりたかったがならなかった自身の人生に思いを馳せたとも言うが、それは無数の別の可能性に分岐していくマルチバース的な世界観だろうか。
さらにインタビューでは批評家・浅田彰がニーチェの超人概念について論じた文章を挙げて、〈非自己〉に自身を開き、振り返らずにとにかく前に進んでいく強者性を自身やマチュのあり方に重ねている。「過去を見つめる目線と、それはそれとして前に進んでいく視点が両方ある曲になった」とも語っているが、これは先ほど音楽面について書いた時間の凝縮や圧縮と同期している。
だからこそこの曲で米津は、開口一番に〈もしもあの改札の前で 立ち止まらず歩いていれば〉と仮定形で歌う。しかしサビでは、〈飛び出していけ宇宙の彼方〉〈踏み出した体が止まらない〉と猪突猛進に突き進む者の背中を押したり、その姿を描写したりする。IFに枝分かれしていく多元宇宙が広がっているとしても、“Plazma”の主人公は無我夢中で選択を重ねてきたのだ、という〈痣も傷も知ら〉ない超人像。その意味で日本を代表する音楽家たる米津や「ジークアクス」の主人公であるマチュは、たしかに〈強者〉で〈超人〉に映るが……。
ただしこの曲についてもっと身近な視点で考えれば、誰だって人生において〈ありえた過去や未来〉を想像することはあるし、そうはいっても選択の連続や積み重ねによって生きてきたはずだ、というユニバーサルなメッセージが聞こえくる。ニーチェの「ツァラトゥストラはこう言った」では堕落した一般大衆を〈畜群〉と唾棄し、ルサンチマンを克服して自らの意志で人生を決定していく超人理念が理想化されているとはいえ、結局、米津やマチュに限らず誰にでもそういった超人的な強さ、〈非自己〉に自身を開いた経験があるのではないだろうか? それはニーチェ思想を、あまりにも卑近なものに歪めて考えすぎだろうか?
それでも“Plazma”は、遠く離れた超人、理想化された強者という圧倒的な存在についてだけの歌だとは思えない。むしろ超人思想を聴き手のそばにぐっと手繰り寄せる圧縮力、そして私たちに潜在する強さに改めて気づかせてくれる肯定的な力の曲にはあるのだ。
参考文献
米津玄師「Plazma」「BOW AND ARROW」インタビュー|あの頃の気持ちで、軽やかな自分で 今解き放つ2つのアニメ主題歌 https://natalie.mu/music/pp/yonezukenshi30
【前編】米津玄師『Plazma』を初見で弾けるか!? ずーさんがガチ挑戦したらまさかの結果に… #ジークアクス https://www.youtube.com/watch?v=TNjQNQaYQWs
【後編】YOASOBIとの共通点!? 米津玄師『Plazma』に隠された音楽的秘密を解説 #ジークアクス https://www.youtube.com/watch?v=IrefxuzDcB8
RELEASE INFORMATION
リリース日:2025年1月20日(月)
TRACKLIST
1. Plazma