スティーヴ・マリオットのシャウトとロッド・スチュワートのアクション
大人になってからふと思ったのだが、ヒデキっぽい雰囲気のボーカリスト、それこそヒデキ少年が聴いてきたであろう時代の洋楽で言ったら誰になるだろうなってちょっと思い巡らせたことがある。その時に浮かんだのが、スモール・フェイセスのスティーヴ・マリオット。マリオットのシャウトは、ポール・マッカートニーやミック・ジャガー、ロジャー・ダルトリーなんかとはぜんぜん違うスタイルだし、ヒデキっぽいという意味での極めつけと思ったのはデル・シャノン“Runaway”(邦題:悲しき街角)のカバー。なんともやるせない男の失恋ソングなんだが、マリオットが歌うとぜんぜんしみったれてない。ビブラートの感じも、「ハッ!」っていうシャウトも(ヒデキは「ハァ〜ン!」だね)、ちょっと強引かも知れないけどヒデキっぽい。
そんなマリオットはグループを脱退してハンブル・パイを結成。代わってスモール・フェイセスに加入したのがロッド・スチュワートでした。ロッドも個性的なパフォーマーで、ロッドにはヒデキもおおいに影響を受けたと公言している。ボーカルというよりも、エネルギッシュなステージアクションに。
ヒデキの声、ビート、ソウルで歌う洋楽カバー
ステージでたくさんの洋楽カバーを聴かせてきたヒデキ。ライブ盤もたくさん出ているから、それは今も聴くことができる。ロックンロールやジャズのスタンダードから、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ボブ・ディラン、クール&ザ・ギャング、ビージーズ……後楽園球場でのコンサートを収めた『BIG GAME ’79 HIDEKI』では、クイーン、キッス、ビリー・ジョエル、ドナ・サマー、キング・クリムゾン、TOTO、ロッド・スチュワートなどのカバーが披露され、ちょっとした、いや、結構な名ライブ盤になっている。
ヒデキの洋楽カバーは、バイリンガルを駆使してホンモノっぽく歌い上げる、なりきる、という類のものではなく、ヒデキの声で、ヒデキのビートで、ヒデキのソウルで放たれる独特のスメルがある。英語圏の人たちが聴いてもピンとこないのかも知れないけど、日本人には刺さる。それがいい。それでこそヒデキ。だから結果として、僕らが洋楽のロックに夢中になったあとでも、ヒデキへのリスペクトを止めることはなかったんだ。
日本語ロックボーカリストの典型、そのひとつを作り上げた
80年代半ばにBOØWYが全国区でブレイクした頃、氷室京介の歌い方がヒデキっぽいとかまわりの友達が言っていて、たしか音楽雑誌か何かの記事でもそういう評があったと思う。ということはつまり、ヒデキっぽさ、ヒデキのロックな形が現行の邦楽ロックのなかにおいても有効であり、歓迎されていたということだ。
1987年のシングル“NEW YORK GIRL”をプロデュースしたジョージ・デュークが「ヒデキの声は世界で1人しかいない」と絶賛したというエピソードがあるが、そうなるともう、流行り廃りとか時代性みたいなものを飛び越えて、唯一無比こそロックであるという域。日本語で歌うロックボーカリストの典型、そのひとつをヒデキが作り上げたと言い切れる。
年を重ねるなかでレイドバックした音楽性に寄りかかることもなく、高いテンションで歌を極め続けていったヒデキ。そこに往年のロックスターの姿を見ているような感覚を最後まで覚えることはなかった。