©Clements Ascher

天球の音楽で挑む世界デビューアルバム

 7月14日、29歳の誕生日にピアニスト角野隼斗は、ソロで初めて日本武道館に立った。集まった13,000人の観客は、まさに老若男女で、3世代家族という姿もあった。これもYouTube効果なのだろうか。かてぃん名義で始めた動画投稿は、登録者数139万人を誇り、なかには1,100万回超の再生数を記録するMVもある。

 そんな彼の武道館リサイタルは、アリーナ中央にステージが設置されて、それを観客が360度囲むカタチで座る。いつも見る武道館とは異なる世界が作られていた。

 「こんなに人がいるのに、こんなにも静かになるんだと驚きました。一音に集中して、とりわけ弱音で弾いている時に、13,000人が集中して聴いてくれている感覚がありました」

 そのことを彼は、SNSで「最も美しい静寂」と称賛した。私も13,000人のひとりだったが、特有の緊張感を強いられることなく、リラックスしながら誰もが演奏に耳を傾けている、とても質のいい静寂だった。

 その初武道館から次なる30代に向けての歩みを踏み出した角野隼斗だが、この後さらなる飛躍の舞台が待っている。今年ソニー・クラシカルとワールドワイド契約をし、第一弾となる世界デビューアルバム『Human Universe』が10月30日にリリースとなるのだ。

 「レコードの歴史は、とても長く、そのなかでクラシックは、一周した感じがあります。21世紀の今、どんな新しいことが出来るかと考えている人は、世界に大勢いて、僕もそのひとり。ですので、世界に向けて初めて発表するアルバムは、これが自分の考える音楽であると、自信をもって言えるような作品にしなくてはいけないと思ったし、僕の場合、クラシックに限らず、いろいろな活動をしているので、どんなディレクションでいくのかを決めるのに時間が掛かりました。ただ、最初から明確にあったのはパーソナルなものをやりたいということでした」

角野隼斗 『Human Universe』 Sony Classical(2024)

 彼の言ういろいろな活動のひとつに作曲、編曲がある。作曲ではTV番組にテーマ曲を提供することもあるし、編曲の手腕は、“7つのレベルのきらきら星変奏曲”で広く知られるようになった。世界デビュー作でももちろん自作曲は、演奏されている。

 「自分の表現したいものがあって、それが作曲の中で生まれるわけですけれども、オリジナルも参照元となるクラシックがあったりするので、独立しているわけではなく、〈つながっているんだ〉ということをやりたい気持ちがありました」

 その〈つながり〉は、アルバムの編成にも反映されている。たとえば、ショパンの“ノクターン第13番”の後にショパンの“バラード第2番”の旋律を元にしたオリジナル楽曲“追憶”が続くとか。また、アルバム冒頭のオリジナル楽曲“Human Universe”は、バロック調のイントロから始まることから、続く曲は、バッハの“主よ、人の望みの喜びよ”だったりする。この曲順にマジックがあるのか、クラシックとオリジナルが入り混じった編成になっていても境界線が感じられず、アルバムを通してとてもナチュラルに響く。