「今出した音の続きが1年後でもいい」

 83年にRCAからリリースされた『鏡の向こう側』が世界的に再評価され、海外のリスナーも虜にしている打楽器奏者・高田みどり。彼女が新世代のECM看板ギタリストとの呼び声高いデンマーク出身のヤコブ・ブロとの共演作『あなたに出会うまで - Until I Met You』をリリースした。マリンバとギターの交歓が中心ながら、行間や余白をたっぷりと設け、最小限の音数で最大限の効果を上げる演奏はさすがである。日本語でのインタヴュー自体が貴重な高田に話を訊いた。

JAKOB BRO, 高田みどり 『あなたに出会うまで - Until I Met You』 rings/LoveLand Music(2025)

 

――ここ10年ほど、高田さんの過去作が環境音楽として海外のリスナーや音楽家に再評価されていますね。

「海外でコンサートをさせて頂くと、音楽研究者や音楽学者の他に、若い方たちがたくさん聴きに来てくださるんです。ただ、私自身は環境音楽やアンビエント、ミニマリズムといったカテゴライズを自分ではしていないんです。70年代には環境音楽について様々なイヴェント・コンサートを企画したり、ミニマリズムについて考えたりしました。そこで自分自身の音への認識が変わりました。その音を出すためのトレーニングを自分で考えたり実践もしていました。現在言われているそれらのカテゴリーは、その時とは様相が異なります」

――なるほど。今回、ヤコブ・ブロと共演/共作するようになった経緯を教えてください。

「ヤコブさんから2017年頃に共演のオファーを頂きました。でも私はどうしたらいいか迷っていました。というのも彼の共演者は錚々たるジャズ・プレイヤーたちばかりで、私とは音楽の方向性が違う。どうしたものかと思っているうちにコロナ禍になってしまいました。ただ私は日本の卓越したジャズ・ピアニスト佐藤允彦さん、韓国のフリー・ジャズ界の奇才サックス奏者である姜泰煥(カンテファン)さんとのトリオで長い年月演奏させて頂いていますが、バックボーンの違うお二人と共演する時、私はジャズをやろうとしている訳ではなく、共に自由に音楽を作るために自分の音に集中します。同じくヤコブさんともお互いの音楽と向き合うことが先ず大事だと思い、2022年にベルリンで初めて共演をしました。それがデンマークのドキュメンタリー映画『ミュージック・フォー・ブラック・ピジョン』のシーンです」

――ヤコブさんはギターをソロのための楽器というよりも、場の空気を作るための装置として使っているところがある。ジャズの曲を演奏するというより、アトモスフィアを作る感覚なんだと、以前言っていました。

「そう。ヤコブさんもジャズだけをやりたいわけじゃなくて、良い音楽をやりたいだけと言っています。それがいちばん難しいことですが。あと、パワーで押して行くような音楽は絶対やらない。彼から演奏を始めても、皆がそれに乗って来たら自分は引いてしまうんです。音を出さずにじっと聴いている。多分演奏の場においてプロデューサー気質なんだと思います。あとは細心の注意を払ってスペースを残す。音が残す空間を大事にしているんです」

――このアルバムには不必要な音がまったく入ってないと思います。すべての音がそこで鳴るべき必要性がある。演奏者にとっても、その確信があって鳴らしているというのが伝わって来ますし。だからいち音いち音の濃度や強度は著しく高い。

「とっても嬉しいお言葉です。空間が空いてしまうということは、ミュージシャンにとっては時に恐怖でもあるんですね。つい空間を音で埋めたくなる。私が日本の雅楽をやっていた時に学んだのは物理的に音がそこに無くても空間が満ちてくることがあるということ。極端に言うと、今出した音の続きが1年後に鳴ってもいいくらいに思っています。それは自分が出す音にそのくらいのテンションが必要であるという事ですし、それだけの責任を持つということでもある。音楽にとっては、音を出している時間の記憶と想念が必要な要素だと思います」

――だから音が鳴っていないところにも〈無音〉という名の音符はあるような印象を受けました。

「ありがとうございます。最高の褒め言葉です」

――ちなみにアルバムに即興の要素はあるんでしょうか。

「最小限のフレーズを作った曲もありますが、基本的には2人とも即興で演奏しています。私の作った曲に関しては、何度やっても違う演奏結果になる様なトリックを含む、パズルの様な譜面を書きました(笑)。だからもう1回その譜面でやれば違う曲の様に聞こえるはずです。録音はワンテイクを採用し後で重ねをしました。ヤコブさんが言うには、ワンテイク目がいつもいちばん良い結果だということなので。確かに繰り返し演奏すると初めの緊張感が失われることが有りますから。そして今回ヤコブさんの演奏で特筆すべきことがあります。すべてアコースティック・ギターで演奏されました。彼のキャリアの中でも珍しいことだと思います」

 

――ヤコブさんはだいぶ日本語が上達しましたね?

「はい、かなり勉強されています。出会った頃は私の拙い英語と彼の流暢な英語、あるいは彼の拙い日本語と私の流暢な日本語で始まりました(笑)。でも理解し合えるんですね。それはお互いにどういう音を出す人間か分かっているから。音楽の価値観を共有していると思います。それがあれば演奏をスタート出来ます。ヤコブさんの場合はそれを可能にしてくれます。あとは身体が持つ音に対するテンションが大事です。言葉とか音は身体の重心が的確に作用することで、遠くに飛ばしたり小さな音を響かせることもできるし、その意味も伝わると考えています。私は言葉の異なる国で演劇の舞台を多く経験することができましたが、俳優たちの身体と言葉の捉え方から学ぶものは、音楽にも生かされています」

――高田さんの音楽観は、身体論と深いところで結びついているように思います。

「その通りだと思います。音は身体から発せられ空間に響きます。その身体が空間に無感覚であるはずはありません。だから音は身体性を持つのです。音と身体は基本であって音を発するために身体は高度な集中を必要とします。そのために訓練をし、結果として私の舞台は演劇的要素を持っています」

――〈あなたに出会うまで〉というタイトルは不思議ですね。このアルバムはふたりが出会ってから出来たものなのに。

「一曲目のタイトルなのですが、先にお話ししましたように、この曲はどのように進行するかはそれぞれの即興に委ねられています。何回やってもずれてしまうように出来ています。まるで人生がそうであるかのように、何かを求め続けてそれがエネルギーとなって音楽の場合は次の音に向かうことができる。でも求めるものに永遠に出会えないこともある。そんな感覚を大事にしています」

 


高田みどり(たかだ・みどり)
1951年生まれ。打楽器奏者、作曲家、パフォーマンスアーティストとして、過去50年にわたりソロ、グループ、そして演劇を通して幅広い活動を展開してきた。1978年にベルリン放送交響楽団とソリストとして共演しデビュー。その後アフリカ、韓国、インドネシアの音楽を学び、ガーナ、セネガル、コートジボワール、また韓国、バリ島の伝統音楽家と共演。スイスの民族学博物館から高野山聲明と打楽器のレコード『You Who Are Leaving To Nirvana』、アフリカの音楽によるソロ『Cutting Branches For The Temporarily Shelter』をリリース(2023年)。環境音楽家としてもシカゴ美術館や、英国ヴィクトリア&アルバート博物館のためにサウンドスケープを制作している。『鏡の向こう側』(1983年)のLP再発をきっかけにヨーロッパ、アメリカ各地でソロ公演を行うが、すべてソールドアウトと世界で再注目されている。

 


寄稿者プロフィール
土佐有明(とさ・ありあけ)

ライター。音楽評、書評、劇評などを執筆。3月にDU BOOKSから単著「イカ天とバンドブーム論 人間椅子から「けいおん!」「ぼっち・ざ・ろっく!」」を上梓。音楽ではジャズ、ロック、エレクトロニック・ミュージックを中心に執筆中。次著を2025年中に刊行の予定。

 


LIVE INFORMATION
〈EACH STORY〉THE CAMP 2025

2025年10月4日(土)、5日(日)長野・五光牧場オートキャンプ場
開場/開演:15:00/16:00

■出演
Devendra Banhart/Gyan Riley/Noah Georgeson(US)/Flem(NL)/Vincent Moon(FR)/maya ongaku/Calm/chihei hatakeyama/H.Takahashi/Jakob brox/高田みどり(DK/JP)/The Vernon Spring(UK)/Kuniyuki Takahashi/角銅真実 × 石若駿/ermhoi  and more...

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