「今出した音の続きが1年後でもいい」
83年にRCAからリリースされた『鏡の向こう側』が世界的に再評価され、海外のリスナーも虜にしている打楽器奏者・高田みどり。彼女が新世代のECM看板ギタリストとの呼び声高いデンマーク出身のヤコブ・ブロとの共演作『あなたに出会うまで - Until I Met You』をリリースした。マリンバとギターの交歓が中心ながら、行間や余白をたっぷりと設け、最小限の音数で最大限の効果を上げる演奏はさすがである。日本語でのインタヴュー自体が貴重な高田に話を訊いた。

――ここ10年ほど、高田さんの過去作が環境音楽として海外のリスナーや音楽家に再評価されていますね。
「海外でコンサートをさせて頂くと、音楽研究者や音楽学者の他に、若い方たちがたくさん聴きに来てくださるんです。ただ、私自身は環境音楽やアンビエント、ミニマリズムといったカテゴライズを自分ではしていないんです。70年代には環境音楽について様々なイヴェント・コンサートを企画したり、ミニマリズムについて考えたりしました。そこで自分自身の音への認識が変わりました。その音を出すためのトレーニングを自分で考えたり実践もしていました。現在言われているそれらのカテゴリーは、その時とは様相が異なります」
――なるほど。今回、ヤコブ・ブロと共演/共作するようになった経緯を教えてください。
「ヤコブさんから2017年頃に共演のオファーを頂きました。でも私はどうしたらいいか迷っていました。というのも彼の共演者は錚々たるジャズ・プレイヤーたちばかりで、私とは音楽の方向性が違う。どうしたものかと思っているうちにコロナ禍になってしまいました。ただ私は日本の卓越したジャズ・ピアニスト佐藤允彦さん、韓国のフリー・ジャズ界の奇才サックス奏者である姜泰煥(カンテファン)さんとのトリオで長い年月演奏させて頂いていますが、バックボーンの違うお二人と共演する時、私はジャズをやろうとしている訳ではなく、共に自由に音楽を作るために自分の音に集中します。同じくヤコブさんともお互いの音楽と向き合うことが先ず大事だと思い、2022年にベルリンで初めて共演をしました。それがデンマークのドキュメンタリー映画『ミュージック・フォー・ブラック・ピジョン』のシーンです」
――ヤコブさんはギターをソロのための楽器というよりも、場の空気を作るための装置として使っているところがある。ジャズの曲を演奏するというより、アトモスフィアを作る感覚なんだと、以前言っていました。
「そう。ヤコブさんもジャズだけをやりたいわけじゃなくて、良い音楽をやりたいだけと言っています。それがいちばん難しいことですが。あと、パワーで押して行くような音楽は絶対やらない。彼から演奏を始めても、皆がそれに乗って来たら自分は引いてしまうんです。音を出さずにじっと聴いている。多分演奏の場においてプロデューサー気質なんだと思います。あとは細心の注意を払ってスペースを残す。音が残す空間を大事にしているんです」
――このアルバムには不必要な音がまったく入ってないと思います。すべての音がそこで鳴るべき必要性がある。演奏者にとっても、その確信があって鳴らしているというのが伝わって来ますし。だからいち音いち音の濃度や強度は著しく高い。
「とっても嬉しいお言葉です。空間が空いてしまうということは、ミュージシャンにとっては時に恐怖でもあるんですね。つい空間を音で埋めたくなる。私が日本の雅楽をやっていた時に学んだのは物理的に音がそこに無くても空間が満ちてくることがあるということ。極端に言うと、今出した音の続きが1年後に鳴ってもいいくらいに思っています。それは自分が出す音にそのくらいのテンションが必要であるという事ですし、それだけの責任を持つということでもある。音楽にとっては、音を出している時間の記憶と想念が必要な要素だと思います」
――だから音が鳴っていないところにも〈無音〉という名の音符はあるような印象を受けました。
「ありがとうございます。最高の褒め言葉です」
――ちなみにアルバムに即興の要素はあるんでしょうか。
「最小限のフレーズを作った曲もありますが、基本的には2人とも即興で演奏しています。私の作った曲に関しては、何度やっても違う演奏結果になる様なトリックを含む、パズルの様な譜面を書きました(笑)。だからもう1回その譜面でやれば違う曲の様に聞こえるはずです。録音はワンテイクを採用し後で重ねをしました。ヤコブさんが言うには、ワンテイク目がいつもいちばん良い結果だということなので。確かに繰り返し演奏すると初めの緊張感が失われることが有りますから。そして今回ヤコブさんの演奏で特筆すべきことがあります。すべてアコースティック・ギターで演奏されました。彼のキャリアの中でも珍しいことだと思います」