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〈CHIHIRO ONITSUKA ULTIMATE CRASH ’02〉

特別なピアノを2台集めた武道館ライブ

――共同作業を続けていくなかで、徐々に見えてきた部分はどういったものがありましたか?

「〈ライブのスタートはどうするか?〉とか、当初は何もわからなかったんです。ちゃんとアーティストの紹介があるようなイベントもほとんどなかったので、客電も何もない真昼間、BGMが落ちたらステージに出ていって始める、みたいなライブばかりで、何かを仕掛けるなんて発想にはなりませんでした。〈普通に袖から出ていって、“SHINE”のイントロをピアノでいきなり弾いて、声が出た途端、きっとみんなぶっ飛ぶから〉ということで、そのままやったんですよね。あとイントロで歩いてもらった記憶もあるけど、とにかく色々パターンを試しましたよ」

――今回よみがえったライブ映像に触れて、新たに発見されたことなどはありましたか?

「武道館のオープニングをこの間初めて観て、ツインピアノでやったことを改めて思い出しました。ピアニストは羽毛田さんと富樫春生さんというふたり。

実はいろいろと裏話があって、まずステージ上でベーゼンドルファーのインペリアルというピアノを使うのが大前提だったんです。インペリアルというのは世界最大のピアノで、97の鍵盤数があって、左の一番最初のローのオクターブの黒鍵と白鍵が逆になっているやつなんですね。羽毛田さんはベーゼンドルファーが大好きなんですよ。

それを武道館でどう見せるか。〈“月光”とベートーヴェンの“月光”をいっしょに聴かせるツインピアノでスタートするのはどうか〉という話になりました。セットリストに新曲が何曲か含まれていてそれを入れた構成を考えていくと、ストレートショーでやるには流れが良すぎちゃって、引っかかるものがない。それで、羽毛田さんか土屋さんのどちらかだったと思うんですけど、〈クラシックのコンサートみたいに3部構成にしようよ〉というアイディアが出てきました。〈第1楽章はこうで第2楽章はこういう感じ、オケの編成も変わっていくって作り方はどう?〉という。

そして、頭はふたりが弾く“月光”からって決まったら、ベーゼンドルファーが2台欲しいという話になったのですが、ただ当時の日本にはそんなにないんですよ。いろいろあって、日本ベーゼンドルファーの担当者が、〈大阪にあるから持っていきます!〉と言ってくれて、東京と大阪の2つを集結させました。あの形式のライブ〈CHIHIRO ONITSUKA ULTIMATE CRASH ’02〉はトータルで3回あったのかな?(前ツアーで公演中止となっていた大阪フェスティバルホール、仙台サンプラザでの振替公演)」

 

「ずっと私を見ていて」

――やっぱり武道館ライブの印象が強く残っていらっしゃるんですね。

「しっかり観直したら感動しちゃいましたね。

2002年は、ちょうど鬼束がナーバスになり始めた頃だったんです。いろんな人に対して不信感みたいなものを抱き始めていて。当時って(鬼束が在籍したレーベル)MELODY STAR RECORDSも舞台スタッフもだいたい男畑だったのですが、〈これは絶対女子が必要だ〉と思って、〈舞台監督に女性を入れます〉って勇村さんという女性を入れたんです。

それが功を奏したのですが、鬼束と勇村とのコミュニーションが円滑になっていくにつれて、男性が入っていけない世界が生まれ始めました。その初期段階がこの武道館ライブだったので、あのとき、俺、下手の袖にいないんですよ」

――そうなんですか?

「通常は武道館って舞台高1800cmなんですよ。だけど武道館で初めて1200cmという普通の劇場と同じぐらいの高さにして、セットバックで後ろを開けるか何かしてアリーナだけちょっと見やすいセッティングにしたんです。それで、舞台高を下げたことで袖からもすぐに人が行けるようになるわけです。

そのライブのとき、鬼束が勇村に〈ずっと私を見ていて〉と言ったんですね。〈こんなことを言われたんだけどどうしよう?〉と勇村から相談されました。じゃあ俺はコントロールブースにいるので、クリアカム(インターカム)をかけて勇村とつないで遠隔操作することにしようと。それで、〈勇村、袖に待機して、鬼束をガン見していて〉と頼んだんです。今回映像を観たら、それがちゃんと映っていました」

――へ~!

「それと、鬼束は自分のなかでのモードの切り替えの早さ、これがもう天才的なんです。それを目の当たりにしちゃうと、〈この才能はすごい!〉と、何とかしてついて行きたくなる気持ちが湧いてくる。

照明をやっていた湯浅康正も、〈ヤバい、いっさい手抜きができない〉と言っていました。彼女は光の出所、目の中に過る光とかを敏感に感じる人なので、下手な動き方というか、彼女の感情に対して違った動きの照明を入れたりすると、歌っている最中でも、鋭い目で見られるんですね。武道館の映像を観ていると、1曲ワンシーンぐらいの照明で作っていることが多い。つまり下手に動かしたらダメなんです」

――どこか演劇チックな照明使いが印象的なライブになっていますよね。

「そうそう、シアトリカルな世界というまでには到ってはいないけど、光ひとつだけで鬼束の世界へ完全に持っていけちゃうんです。あとはメンバーに薄くトップサス(スポットライト)が入っているだけとか、そういう世界ですね」

――彼女だけが静かに孤立した世界がみごとに形成されています。

「ステージセットなんか何もいらない。鬼束自身がそこに居たらすべてが成立する世界です。

だから映像担当が大変でした。とにかく暗いんです。20数年前は、カメラがちょうど進化するギリギリぐらいの過渡期ですよね。だからフロント/バックの露出を合わせるのがすごく大変だったはず。鬼束本人に合わせちゃうと背後は何も見えない。今回はデジタルテクノロジーの進化もあって、以前のライブ映像と比べてもだいぶ見やすくなっている気がします。〈あ、あのときの片明かりがちゃんと見える〉と思いましたもん」