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〈CHIHIRO ONITSUKA ULTIMATE CRASH ’02〉

ライブの壮絶な迫力は、他の人には出せない

――あとバックの幕が醸し出すダークな雰囲気がステキで、異様で美しい世界が浮かび上がっていますね。

「あれ、ただの黒幕じゃないんですよ。実は紺色なんです。てかりのある生地のやつをこのライブ用に作ったんです」

――どういう意図で用意されたんですか?

「ただのダークの大黒幕じゃおもしろくないと思って。それで、〈照明の変化でも面白く見えるものでいい素材ないかな?〉と探したら、スムースという生地があったんです。すごく重い生地なんですけどね。それにブルー系の照明を当てたら真っ青に見えて、明かりを落としたらただの大黒になる。これ1枚あれば間違いなく鬼束ならではの世界が作れるな、と確信がありました。今回のBlu-rayの映像だと、その青系の色がちゃんと見えるんです」

――個人的にはトム・ウェイツのライブ映像を連想したし、あと映画「ブルーベルベット」のライブシーンに近い感触をおぼえましたね。

「そうそう、まさにそういう世界です。とにかく彼女の歌にはこっち側が自由に遊べるスペースがあるというか、いろいろと作り込める世界観を持っていますからね。すごくやりがいを感じて楽しかったけど、一方で全スタッフ、緊張感をもってやっていたので大変なものがありました」

――お話の端々から当時の緊張感が伝わってきます。

「今日ライブをやるかどうかというスリリングな状況もありましたからね……。点滴を打たないとステージにあがれなかった時期もありましたから」

――ところで鬼束さんから、「演出のここが良かった」というような反応が届いたりすることはあったのでしょうか?

「なんだろうな……。ステージ演出という部分はほとんどしてないんです。そもそも彼女がそこにいること自体が演出のようなものなので、舞台がどうこうというのはなかったと思います。

演奏的なところで〈今日は楽しかったね〉というのはあったかな。〈歌い切った!〉と自分自身を評価することはありました。それで、〈オニ、良かったね!〉と伝えると、〈えへへへへ~〉って照れ笑いして。そういう子だったんです。だから、ステージ上でカアッと目を見開いて歌う鬼束とステージサイドの鬼束はまったくの別人でした」

――その極端な違いは……?

「ナチュラルなものだと思うんですよね。自分の感性をそのまんま表現しているから。自分の書いた詞の世界をどうやったら伝えられるかということだけを念頭に置いて、本能のまんま歌っていたんだと俺は思います。

あの頃、ステージに出る直前は、〈あ~もうダメ!〉って叫んでいましたね。みずから緊張を煽って、ピークの状態でステージに飛び出していったと思ったらら、平然とすごいパフォーマンスをやってのける。終わったらもう何事もなかったかのように、コーラを飲んでいましたね。でもあのライブのときの壮絶な迫力は、他の人には出せませんよね」

 

「黒装束の天使が空から降ってきた」

――その他、印象深いエピソードなどありますか?

「そうだ、オニが武道館のときにマリア像を持ってきたんですよ。それが映像の最後のカットに収まっています。もともとは勇村が沖縄に行ったとき、シーサーの置物を買って、野音ライブか何かのときにオニの足元に置いたんです。そうしたら、〈こういうのがあると落ち着くね〉という話になって、それで武道館のときに自分でマリア像を持ってきたんですよ」

――最初はシーサーだったんですね。

「勇村はオニについていたから、エピソードがいっぱい出てくると思います。そうそう、武道館の映像には映っていないんですけど、ライブが終わってオニが下手の袖に捌けていくとき、ステージ上からその下にいた勇村にダイブしているんです」

――飛んだんですか?

「そのときの勇村の感想がメールで送られてきたんですけど、いきなり何かがダーッと飛んで来たので、とにかくガバッと受け止めた。いったい何が起きた?と思いながら我に返ると、無邪気な笑顔の鬼束がそこにいたと。そのとき、〈黒装束の天使が空から降ってきた〉と思ったんですって」

――それは忘れがたい体験ですよね。

「鬼束もきっとほっとしたんでしょうね。〈だからしっかりと受け止めた〉と勇村からのメールに書いてありました。でもそこにあった感情は他の誰にもわかりません。ふたりの関係のなかで起きた出来事ですから。ライブが終わってモードがボンッと切り替わって、そうしたら目の前に勇村がいた。それで思わず飛び込んでしまったのかもしれません。ステージ上の鬼束にとって彼女が自分を受け止めてくれる唯一の人だったと」

――舞台からなんとか生還した鬼束さんに手を差し伸べる守護天使に映ったのかもしれませんね。鬼束さんのようなアーティストはやっぱり他には見当たりませんか?

「クセのある人はいっぱいいます(笑)。でも僕にとって鬼束は仕事をやりやすいアーティストでした。自分のことに関してはすべて自分で解決しながら表現していくスタイルなので、俺らがやることに対して〈どうなってるの!〉とツッコミが入ってこないんです」

――「こうして欲しい」という要望が出てこない。

「出てこないというか、〈自分が歌える場所さえ作ってくれればOK〉という感じでした。だから羽毛田さんたちと俺らが〈こうやって見せようか〉と画策しながらポジショニングとかを全部すんなり決めることができたんです。普通だったら、〈オープニングは上から降りてきて……〉みたいな無理難題を突き付けられたりするじゃないですか。そういうのがいっさいないんです。ただそれ以上に緊張感がありましたが(笑)」