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矢沢が〈YAZAWA〉に変身する瞬間

青森市文化会館公演では、矢沢がステージに出る瞬間まで取材OKとなった。これはかなり異例のことである。矢沢が〈YAZAWA〉に変身する瞬間を目撃できるのは貴重な経験だ。しかもツアーの初日公演である。開演予定時間は18:30だったが、この日は10分押しの18:40スタートとなった。矢沢が楽屋から出てきて、通路で待機していたメンバーと恒例になっている円陣を組んだ。全員が手を出したが、矢沢は手を出さず、けげんな顔をして、あたりを見渡していた。そしてメンバーに「Just all?」と質問した。これで全員なのか。近年のツアーで最小編成の5人であることへのジョークなのだ。メンバーが笑顔で「Yes!」と答える。「Really?」となかなか納得しない矢沢に、再度メンバーが「Yes!」と返す。

最も緊迫した瞬間に、とびきりのジョークを放つところに、矢沢の懐の深さがある。そして全員が笑みを浮かべた瞬間に、矢沢がすかさず声を出す。「We go!」「We go!」「Oh!」。

メンバーから離れて、矢沢はひとり、ステージのソデに立っていた。嵐のような〈永ちゃんコール〉が響く中、フットライトに照らされて、深い闇の中で矢沢の姿が浮かび上がっていた。矢沢の表情はまったくうかがえない。彼は両腕を前に差し出していた。スタッフが近づき、その矢沢の両手の指を組み、関節をほぐすストレッチを行っていたのだ。後から聞いた話では、緊張で指がこわばってしまうため、ステージに出る前にはいつも指をほぐす〈儀式〉を行っているとのことだった。

闇の中からまばゆいばかりの光に照らされたステージへと出た瞬間に、まるでスイッチが入ったかのように、無敵の〈YAZAWA〉が立っていた。そして両手の指はまるでそれ自体が生き物であるかのようにしなやかな動きを見せて、白いマイクスタンドをつかみ、華麗なマイクターンを決めていた。ライブ終了後、ステージに立つ直前の心境を聞くことができた。矢沢はこう説明した。

「初日のステージに立つ瞬間って、何とも言えない気持ちになりますね。とても怖いし、緊張感がある。でもね、不思議なことにそれがいいんだ。プレッシャーを感じる気持ちを大切にしたい。だって緊張するのは、それだけ真剣だからでしょ。本気になれることがあるのは幸せなこと。緊張するからこそ、やる意義があるんですよ」

 

逆境の中での強さ

ロンドンのウェンブリー・スタジアムで1997年8月16日に開催された〈SONGS & VISIONS〉での取材も忘れがたいものだ。このイベントは、エルヴィス・プレスリーの没後20年を記念したもので、矢沢の他には、ロッド・スチュワート、ジョン・ボン・ジョヴィ、スティーヴ・ウィンウッド、ロバート・パーマー、チャカ・カーン、メアリー・J・ブライジなど、世界的なミュージシャンが数多く参加した。筆者は現地で前日のリハーサルから当日の本番、終演後の様子まで取材することができた。そこで感じたのは、矢沢の逆境の中での計り知れない強さである。

このイベントで矢沢が歌うことになっていたのは3曲だ。まず単独でエルヴィス・プレスリーの“Don’t Be Cruel”を歌い、その後、ロッド・スチュワート、ジョン・ボン・ジョヴィと一緒にプレスリーの“Heartbreak Hotel”を披露し、最後に参加者全員でビートルズの“Hey Jude”を合唱する構成になっていた。

前日のゲネプロは、矢沢にとって散々なものとなった。イヤーモニターの故障、マイクの不具合など、矢沢のリハーサル時に機材トラブルが集中したのだ。リハーサルで割り当てられた時間も少なかった。参加者の中で、矢沢だけがイギリスでほぼ無名だったこともあり、矢沢に対する対応も〈アウェイ〉という状況だった。矢沢がイヤーモニターを床に投げ、困惑しながら歌う姿を観て、当日のステージはかなり厳しいものになるかもしれないと感じた。

翌日の本番のステージが始まった瞬間、筆者の懸念はあっけなく消し飛んだ。矢沢が手を挙げ、胸を張って登場し、気迫あふれるエネルギッシュなステージを展開したからだ。ステージの上には、あの無敵の〈YAZAWA〉がいた。“Don’t Be Cruel”を歌い終わった瞬間に、7万2,000人が詰めかけた会場から大歓声が起こった。本番前までは矢沢の存在に無関心だったように見えたロッド・スチュワートが〈やるじゃないか〉といった様子で、〈カモン!〉というポーズを取り、矢沢の腰に手を回し、一緒に“Heartbreak Hotel”をシャウトしていた。

「終わった瞬間、とても幸せでした。おそらく最初からスムーズに行っていたら、こんないい思い出にならなかったんじゃないかな。トラブルがあったからこそ、乗り越えた時にハッピーになれたんですよ。前日のリハでトラブルが続出して、くやしい思いをしたけれど、ビシッとキメるしかないじゃない? 本番が始まり、『エイキチ・ヤザワ、ジャパン!』とアナウンスが流れた瞬間は、〈行け~!〉という気持ちだけ。ソロで1曲歌った時点で周囲の反応も変わった。次の“Heartbreak Hotel”が始まると、それまで1回も口を聞いてなかったロッド・スチュワートが僕に合図を送り、腰にバーンと手を回してきた。その時、熱いモノを感じた。最後の“Hey Jude”を歌い終わった時には、みんなが昔からの友達みたいに近い存在になっていて、音楽の力の大きさを実感しました」

矢沢の存在を知らない海外の人々にも、あの歌声とパフォーマンスの素晴らしさは、しっかり届いていた。と同時に、逆境を乗り越えていく矢沢の精神力の強さを改めて感じた。

1997年、〈SONGS & VISIONS〉出演後に開催された〈YES,E〉ツアーでの“アリよさらば"のライブ映像”