日本発 SFドラマの新たな地平に駆動する音楽

 しばし想像してみたい。AIが進化し続け、火星移住計画が現実となった100年後の世界を。人類はどんな姿で存在し、その新たな環境ではどんな物語が生まれるのだろうか。

 小川哲原作のNHK放送100年特集ドラマ「火星の女王」は、まさにその未来――2125年――を舞台に、地球と火星の双方で展開する人間模様と政治状況を描いた壮大なSFサスペンスだ。この野心的な世界観に、坂東祐大とyuma yamaguchiが劇伴を、君島大空が主題歌を担当した。

坂東祐大, yuma yamaguchi, 君島大空 『ドラマ「火星の女王」オリジナル・サウンドトラック』 コロムビア(2025)

 劇伴チームは既にNHK作品で実績を重ね、監督からの信頼も厚く、制作現場では業界慣習的なテンプトラック(仮あて音楽)が用意されなかった。これは、今作の音楽的演出には、おそらく相応しいプロセスだったかと思われる。

 制作の工程は、まず昨年3月、トレイラー用の音楽制作から始まったという。yamaguchiによる旋律をもとに、坂東が編曲を重ね、二人の協働で進行したという。

 本作を一聴して耳に残るのは、メインテーマのモチーフを起点にしながら、解体と再構築を繰り返していく手法だ。自在な楽器編成、ヴァリエーション豊富な対位法など、冴えた技巧が展開されていく。メトリック・モジュレーション――一定の拍を保ちながら音符の割り方を変化させる手法――は独特のトリップ感を生み、作品の世界観と密接に結びつく。

 yamaguchiは坂東の仕事ぶりを「精度とスピードを含め驚異的」と評しており、その緻密な構築力が作品全体の骨格を支えている。

 一方、クラシック的素養とハウスミュージックのバックグラウンドを併せ持つyamaguchi楽曲には、テンポにおける遊び心ある実験性があり、作品に鮮やかな一面を加えるのだろう。

 君島大空は、劇中に登場するバンド〈ディスク・マイナーズ〉のヴォーカルとして、主題歌を歌う。100年後の未来において、どんな音楽が、どんなヴォーカルが聞かれるのだろうか──その問いに対する応答として、彼の中性的で透明度の高い声は、作品世界に説得力を与える。yamaguchiは君島について「ヴォーカルはもちろん、ギターの伴奏も独特の魅力があり、さらに理論的能力も高い」と評価する。そんな三人が率直に意見を交わしながら作り上げたのが、主題歌“記憶と引力”となった。

 日本発、しかもNHKドラマのSFサウンドトラックとして新たな地平を切り開いた今作。三人の今後の活動を考える上でも大きな記録となるだろう。