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若い日のアヴィシャイ・コーエンのルーツと影響が明確に表れた初期4部作

 2026年2月に新たな若手メンバーによるトリオとクインテットを率いて来日公演を終えたばかりのアヴィシャイ・コーエンが、自身による最初期の『Adama』と『Devotion』、『Colors』、『Unity』をリマスターしたCD 4枚組のボックス・セット『The Early Years 1998-2001』を発表した。2、30年ぶりに改めて自己の作品と対峙するにあたって、アヴィシャイは次のように語っている。

 「『The Early Years』コレクションを手がける作業は、昔の写真を見返すようなものだった。若い頃の、ちょっと〈生意気な〉自分自身が見えてくるんだ。これら4枚のアルバムを改めて聴いてみると、自分があらゆることを一度に吸収しようとしていたのを思い出す。あの頃、僕はニューヨークに住んでチック・コリアと演奏しながら、ジャズの世界やアメリカで出会ったラテン音楽の影響を、イスラエル人としての自分のルーツと結び付けようとしていた。振り返ってみると、恐いもの知らずの若者らしいプライドの強さを感じるよ。ひとつの枠に収まるのが嫌で、全く新しい世界を築こうとしていたからね」

AVISHAI COHEN 『The Early Years 1998-2001』 Naive(2025)

 彼が言うように、この頃の彼の音楽には様々な要素が取り入れられているが、それらの要素――たとえば『Devotion』収録の“Negril”における西アフリカの影響や、アラブ的なサウンドを作り出すためのウードのような――はどちらかというと素のままに近く、彼のルーツの部分とのコントラストがはっきりしていた。ある意味では、それによって彼の強烈な個性が浮き彫りになっていたわけだが、彼の近年の音楽ではそれらの要素が有機的に融合して、より成熟した全体像を形作っているように感じられる。

 「“Negril”や『Unity』を作っていた頃の僕は旅人で、音楽を通じて世界というものに出会い、西アフリカの独特なリズムやラテン・ジャズのシンコペーションなどの影響を取り込み、それらに対する敬意を感じていた。でも今は、それらの影響が僕の手を通して血の中にまで溶け込んでいるんだ。〈中近東風〉にするためにウードを使う必要もない。ベースを弾く時の節回しや、ピアノで作曲する時のハーモニーの構築の仕方に、そうしたDNAが内包されているからね。僕にとって成熟とは、自分が受けてきた影響を音にするために〈努力〉する必要が無くなった状態、つまり、自分の音の中にそれまでの歴史が自然な形で現れる状態なんだ」

 若いアヴィシャイがこれらの4作品を立て続けに、世界に向けて発表する機会を得るにあたっては、彼を自身のバンド、オリジンに起用したチック・コリアが重要な役割を果たしている。彼について、アヴィシャイは次のように語っている。

 「チックは巨大な存在で、彼からは計り知れないほど大きな影響を受けたよ。音楽に関して、彼は僕に、明確であることの大切さを教えてくれた。彼はモーツァルトの複雑な曲を演奏する時でも、熱気あふれるフュージョンを演奏する時でも、ひとつひとつの音に明確な意図があった。どんなに難しいリズムでも、軽やかで遊び心があるように感じさせた。ベースがただ単にリズムを刻むだけの楽器ではなく、メロディックなヴォイスであることを教えてくれたのも彼だった。そして彼は、自分でバンドを率い、曲を書き、決して“これで良い”と満足しないように励ましてくれた。彼はまた、音楽ではコミュニケーションが大切だと言っていた。みんなに伝わらなきゃ、自分の役割を果たしたことにはならないってね」

 CDセットの1枚である『Unity』では、メンバーが録音時にスタジオ内で交わした会話が追加で収録されている。これらの会話からは、若くて恐れを知らない雰囲気が伝わってくるが、それはとりもなおさず、このセットに収録された音楽そのものの雰囲気なのだ。

 


アヴィシャイ・コーエン(Avishai Cohen)
1970年、イスラエル・キブツ生まれ。世界の音楽シーンで大注目を集め続けるイスラエルジャズを世界に知らしめた鬼才ベース奏者/作曲家。22歳でニューヨークに移り住んだ当初はストリートで演奏しながら、工事現場で働き糊口をしのぎ、ニュースクール大学にてブラッド・メルドーやダニーロ・ペレズらと学び、大きな影響を受ける。1997年、アヴィシャイのデモテープを聴いたチック・コリアは、アヴィシャイを〈Chick Corea’s New Trio〉、そして〈Origin〉に誘う。その後、アヴィシャイはチックと6年間活動をともにし、音楽家として多くのことを学ぶ。2002年には自身のレーベルを設立。自身の音楽を追求するとともに、さらに若い才能の発掘に励み、ヨーロッパ、アメリカを初めとしてワールドワイドで演奏活躍を続ける。自身のバンドではシャイ・マエストロ、ニタイ・ハーシュコヴィッツら若手を起用し、彼らの背中もプッシュし、世界の舞台へ導いてきた。