
〈編集力〉の源は特異な記憶力によって肉体化された知識
本書では、橋本の選曲やカフェの空間づくり、そのセンスやスキルを総じて〈編集力〉という言葉で捉えている。そして、著者はその源泉をたどろうとするが、結局、その秘密は明かされない。橋本は幼少期からレコードに囲まれて育ったわけでも、師匠のような人物がいた訳でもないのだ。
ただし、橋本の〈編集力〉を支えているものの一つとして、その特異な記憶力があるのではないか、と本書では推測されている。レコードや曲の情報はとくにメモすることもなく、スケジュールの管理も頭の中だけ、知人の電話番号はソラで記憶している……。
膨大な情報が頭の中に蓄積され、いつでも自由に結びつけられる状態にあったからこそ、橋本独自の連想や発想が生まれたことは確かだろう。AIや検索によって、必要な情報へアクセスできる時代だからこそ、知識が内面化・肉体化されていることの重要性を考えさせられる。
橋本徹は水木しげる?
ちなみに、少年時代の橋本がスポーツ少年でクラスのリーダー的存在で、なおかつ昆虫図鑑や社会科図鑑が好きだった、というエピソードから私が連想したのが、漫画家の水木しげるだ。少年時代の水木しげるは、力自慢のガキ大将で、一方では虫や植物、切手集めにも熱中していた。
もちろん、橋本とは世代が大きく違うし、渋谷系と鬼太郎は、まるで結びつかない。しかし、ストーリーも妖怪のデザインも、実は多くの〈元ネタ〉が存在する水木しげるの作品は、渋谷系やヒップホップ以前の〈サンプリング〉であり、これもまた〈編集力〉……というのは、こじつけだろうか?
未来に向け重要さを増す〈編集力〉
それはさておき……渋谷系は、すでに過ぎ去った流行である。しかし、本書を読んでいると、その本質は、ジャンルや世代ではなく、〈良いものを見つけ、それを人に届ける〉という編集の技術と情熱にあったように思えてくる。
情報の量が加速度的に増え、その取捨選択は、ますます難しくなるだろう。そんな現代において、橋本徹の〈編集力〉は、過去の功績ではなく、未来に向けたヒントになり得るのではないか。
BOOK INFORMATION

発売日:2026年6月9日
ISBN:978-4-86647-266-9
価格:2,970円(税込)
A5/並製/264ページ
目次
序論――渋谷カルチャー考現学
第1章 1966-1978(幼少期~小学校時代)
第2章 1979-1985(中学校~高校時代)
第3章 1986-1989(大学時代~カルチャーへのめざめ)
第4章 1990-1992(講談社時代~『Suburbia Suite』創刊~「渋谷系」前夜)
第5章 1993-1995(Suburbia Factory設立~コンパイラー・ライフの始まり~Free Soulスタート)
第6章 1996-1999(タワーレコードのフリーマガジン『bounce』編集長時代~カフェ・アプレミディ開店)
第7章 2000-2004(カフェ・ブーム~アプレミディ・グラン・クリュ&アプレミディ・セレソン開店)
第8章 2005-2010(「公園通りみぎひだり」時代~アプレミディ・レコーズ始動)
第9章 2011-2014(東日本大震災~Free Soul 20周年)
第10章 2015-2019(サバービア・レコーズ始動~移転後のカフェ・アプレミディ)
第11章 2020-2025(コロナ禍~コンパイラー人生30周年~Free Soul 30周年&カフェ・アプレミディ25周年)
総論――編集による文化の創造
巻末付録:橋本徹(SUBURBIA)監修の全コンピ(1992-2025)
EVENT INFORMATION
小西康陽×橋本徹(SUBURBIA)トークショウ&ミニライブ
2026年6月12日(金)東京・タワーレコード渋谷店
開演:19:00
曽我部恵一×橋本徹(SUBURBIA)トークショウ&ミニライブ
2026年7月17日(金)東京・タワーレコード渋谷店
開演:19:00
フェア&パネル大展開
2026年6月9日(火)~2026年6月22日(月)東京・タワーレコード渋谷店
ほか
PROFILE: 原 知章
早稲田大学人間科学学術院教授。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学、博士(文学)。専門は文化人類学、民俗学。ゼミ〈渋谷カルチャープロジェクト〉主宰。単著に「ミニエスノグラフィーの教科書」など。
PROFILE: 橋本 徹
編集者/選曲家/DJ/プロデューサー。Suburbia Factory主宰、渋谷のカフェ・アプレミディ店主。『Free Soul』シリーズをはじめ世界一の数となる400枚近くのコンピCDを手がけ、USENの音楽放送チャンネルの監修なども行なう。