1990年代から渋谷系やFree Soulのシーンを牽引し、東京カフェスタイルのパイオニアにもなった編集者/選曲家/DJ/プロデューサーの橋本徹(SUBURBIA)。その橋本の30時間超のインタビューからライフヒストリーと美学に迫った書籍「渋谷カルチャー考現学 稀代の編集家・橋本徹(SUBURBIA)ライフ・ヒストリー」が刊行された。今回は、その書評を人気連載〈CD再生委員会〉も担当するKotetsu Shoichiroに綴ってもらった。 *Mikiki編集部

原知章, 橋本徹 『渋谷カルチャー考現学 稀代の編集家・橋本徹(SUBURBIA)ライフ・ヒストリー』 DU BOOKS(2026)

 

都市文化論としての橋本徹の半生

本書は、フリーペーパー「Suburbia Suite」やコンピレーションCD『Free Soul』シリーズ、渋谷のカフェ・アプレミディの運営などで知られる編集者/選曲家である橋本徹のライフヒストリーをたどる、ロングインタビューである。高度経済成長期の東京・駒沢で生まれ育った橋本が、どのようにして音楽と出会い、やがて渋谷系の中心人物の1人となっていったのか――。

インタビュアーを務めるのは、早稲田大学で教鞭を取る、文化人類学者の原知章。橋本の4歳年下の渋谷系青春世代だが、この本では単なる〈あの頃は良かった〉という思い出話に留まることのない、都市文化論の出発点となり得る、タフな内容を志向している。〈文化〉と〈表象文化〉の違いにサラリと触れている前書きの注釈だけを見ても、その志は伝わってくる。

 

「Suburbia Suite」のカウンターとバランス感

意外にも野球少年だった学生時代、小西康陽に憧れた青年期、フリッパーズ・ギターの2人が出演した「Suburbia Suite」のパーティ……前半部は、音楽業界の好景気と〈青春〉を感じさせる、キラ星のようなエピソードが連続する。

やはり、渋谷系が確立していくまでの90年代初頭の語りは貴重な話が多い。中でも印象的なのが、「Suburbia Suite」の誌面作りにおいて、女性の書き手を積極的に起用した、という点だ。

それは先行する音楽誌の、権威主義的・父権的なレコードマニアの価値観に対するカウンターでもあったそうだ。それ故に、過去のレコードを紹介するにも、ディスクガイドのようにデータを中心とした体裁ではなく、エッセイとして取り上げ、その音楽を聴いた時の感情や、音楽のある生活について書くこと……ということを意識していたと、橋本は語る。渋谷系が、マニアックな過去の音楽を取り上げつつ、ファッショナブルなイメージも両立できたのは、このバランス感覚による所が大きかったのだろう。

 

渋谷系世代が直面した曲がり角

華やかな話題ばかりではない。2000年代末~2010年代の初頭にかけては、リーマンショック、Nujabesと加藤和彦の死、東日本大震災と、辛く厳しいトピックが続く。とくに〈音楽は世の中に必要とされているのか〉という加藤和彦の遺書に、その当時の自身の絶望を重ねていたという回想は、非常に重苦しい。そして、それ故にこの時期「より、魂をこめて選曲するようになった」というくだりには、グッとくるものがある。〈生活のBGM〉とは、つまるところ〈人生のBGM〉なのだ。

余談だが、この2000年代末期は、小西康陽も大病を患い、田島貴男(Original Love)も活動が停滞していた時期である。恐れを知らない若き才能として登場した渋谷系のクリエイターたちも、年月を経て、人生の曲がり角を意識するタイミングだったのかもしれない。

そして『Free Soul』シリーズは30周年、カフェ・アプレミディは25周年を突破し、還暦を目前に控えた橋本の現在とこれからを語るところで、長い対話は終わる。