阿川泰子のアーバン・メロウ~ブラジリアンなジャズをシティ・ミュージックとして再解釈したコンピCD
橋本徹(SUBURBIA)が語る阿川泰子『Free Soul Yasuko Agawa』
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- 2019.03.07

映画「華麗なる一族」やTVドラマ「太陽にほえろ」などに出演する女優でありながら、ジャズ・ヴォーカリストに転身した阿川泰子。70年代後半~80年代にはTV番組やコマーシャルなどでも人気を集めたが、ラテンやブラジリアンやAORの要素を取り入れ、ジャズというカテゴリーに留まらない彼女の音楽は、90年代に入り海外で再評価を受ける。そして2019年、人気コンピ・シリーズ〈Free Soul〉の25周年記念の第1弾作品としてリリースされるのが『Free Soul Yasuko Agawa』だ。近年の阿川の再々評価について、〈Free Soul〉シリーズの選曲を手掛ける橋本徹(SUBURBIA)に話を訊いた。 *Mikiki編集部

阿川泰子 Free Soul Yasuko Agawa Victor Entertainment(2019)
90年代初頭ロンドンのクラブDJのフラットな感覚に感銘を受けた、阿川泰子の再評価
――『Free Soul Yasuko Agawa』は、ちょうど〈Free Soul〉25周年の第1弾リリースになりますね。
橋本徹「昨年の秋、今作のディレクターであるビクターの細田日出夫さんからお話をいただいて。JAMというペンネームでブラック・ミュージックの書き手としても定評のある細田さんとは過去にさまざまなコンピレーションを制作してきたので、〈もちろんやりましょう〉ということになって。当初は昨年末に出た『Free Soul~2010s Urban-Breeze』を、〈Free Soul〉25周年のファースト・リリースと考えていましたが、レコード会社の営業的事情もあって、何とか去年中に出せたらと発売日が前倒しになったので、これが記念すべき第1弾となりました。
毎週のようにリリースがあって年間32タイトルのコンピを作った20周年の時ほどではないですけど、25周年を迎える今年はこの後もアニヴァーサリー企画が結構いろいろあって楽しみですね。平成や2010年代が終わる、そのレトロスペクティヴというのもありますし、CDの時代が終わるという声もあるので(笑)、ひとつひとつ大切にやっていきたいと思っています」
――今回の阿川泰子さんは90年代にクラブ・シーンで再評価されていて、〈Free Soul〉的な音楽性との親和性もありますし、すでに実現していてもおかしくない組み合わせという印象もありますが。
橋本「そうかもしれませんね。阿川さんは、僕が学生だった1980年代には、日本で一番有名な女性ジャズ・シンガーというだけに留まらず、TVやコマーシャルにも出演されていて、僕の両親でさえ名前も顔も知っているようなすごくポピュラーな存在として認知していました。それが90年代に入り、アシッド・ジャズが隆盛を極めていた時期に、ジャイルス・ピーターソンやパトリック・フォージなどのロンドンのクラブDJが阿川泰子をかけているという話を聞いたんですね。とても驚くと同時に、先入観にとらわれず曲をチョイスするという、〈ジャズで踊る〉ムーヴメントの自由さに感銘を受けたのを覚えています」
――そのときの体験は〈Free Soul〉の選曲やフィロソフィーとつながっていると、本作のライナーでも書かれていますね。
橋本「それまでの文脈だと意外だったものが、音楽に素直にフラットに接することによって結びつくというね。それと阿川泰子やクラブ・ジャズとの接点のもうひとつには、スタートした90年代前半からずっと〈Free Soul〉はブラジル音楽への傾倒というのがあって、例えばホセ・フェリシアーノの“Golden Lady”などに代表されるブラジリアン・リズムが印象的な曲が人気を博していました。
その前夜というべき時期に“Skindo-Le-Le”のアライヴのヴァージョンが一世を風靡して、そこから阿川泰子やヴィヴァ・ブラジルの“Skindo-Le-Le”へと光が当たり、ロンドンのクラブ・ジャズ・シーンにおけるアンセムのようになっていたので、それに対して〈東京にいる僕たちはどうなんだ?〉という意識でブラジリアンな好きな曲をディグしていったというのはありましたね。その代表のひとつが、やはりヴィヴァ・ブラジルのクラウディオ・アマラルがリード・ヴォーカルを務め、彼らが全面サポートしたジョイス・クーリングの“It’s You”ですね」
――ロンドンから影響を受けつつ、東京ならではのオリジナリティーというのを考えていったのが〈Free Soul〉だということですね。『Free Soul Yasuko Agawa』では、“Skindo-Le-Le”に続く“New York Afternoon”“L.A. Night”も重要ですね。“New York Afternoon”は、オリジナルのリッチー・コール&エディー・ジェファーソン版がダンス・ジャズ・シーンで重要な役割を果たしたコンピ・シリーズ『Jazz Juice』にも収録されていましたね。
橋本「そうそう、最初にこのコンピのお話をいただいたとき、直感的に頭に浮かんだのがその2曲だったんです。“L.A. Night”の12インチは“New York Afternoon”とのカップリングなんですよね。だから、すぐに〈LAナイト&ニューヨーク・アフタヌーン〉みたいなコンセプトが浮かんだんです。都会的でアーバン・ブリージンな雰囲気を、阿川さんの40年に及ぶキャリアの中から切り取るという。その感じが80年代のシティ・ポップが再評価されている今っぽいし、メロウ&グルーヴィーでブラジル音楽に通じるサウダージ感覚を大切にする〈Free Soul〉のフィーリングにフィットすると思ったんですね」
シティ・ポップとも共鳴するアーバン・メロウ&ブリージンな2010年代ならではの選曲による、阿川泰子のニュー・パースペクティヴ
――なるほど。やっぱり90年代だとこうはならなかったかな、というのはありますね。2010年代ならではの感覚というか。
橋本「90年代に作っていたら、Mondo Grossoによる“Skindo-Le-Le”のリミックスとかもありましたし、もう少しクラブ・ミュージック寄りになっていたかもしれませんね。そんな中で個人的には“L.A. Night”は特別な曲で。ライト・オブ・ザ・ワールドの“London Town”をすぐに連想するし、80年代UKソウル〜ジャズ・ファンクのリヴァイヴァルや、ロイ・エアーズに代表されるイギリス人が好きなアーバン・メロウな感じがあって、僕もDJプレイしていました。あと個人的に、タイトル的にも曲調的にもこの曲から思い浮かべるのは、何と言ってもレオン・ウェアの〈Free Soul〉人気曲“Why I Came To California”ですね。
――邦題〈カリフォルニアの恋人たち〉ですね、〈たまらなく、アーベイン〉な(笑)。
橋本「そういう意味でも“L.A. Night”は、『Free Soul Yasuko Agawa』の核になっている曲ですね。今回、ビクターから7インチ・レコードも出したいという話をいただいていて、変化球なセレクトを考えてもよかったんですけど、結局“L.A. Night”と“Skindo-Le-Le”は外せないという結論に落ち着きました(笑)」
――7インチのリリースも楽しみですね。“L.A. Night”との連関性だと、“In The Name Of Love”もアーバン・メロウ度数が高い曲です。
橋本「グローヴァー・ワシントン・ジュニア&ビル・ウィザースの“Just The Two Of Us”を書いた3人の曲ですね。曲調も似ていて、こちらはラルフ・マクドナルド&ビル・ウィザースのカヴァー」
――〈カリフォルニアの恋人たち〉から〈クリスタルの恋人たち〉へ(笑)。アーバンな洗練とブラック・ミュージック的な艶やかなフィーリングが印象的です。
LAの乾いた風に吹かれながら、ハワイ〜カリブ〜ブラジルへ音楽の旅をするような『Free Soul Yasuko Agawa』
橋本「そういうアーバン・メロウ的な部分が一方の柱だとしたら、“New York Afternoon”に代表されるブラジリアン的というか、〈カフェ・アプレミディ〉コンピ的なテイスト。甘酸っぱい爽やかさとか心地よさというのが、コンピレーションのもう一つの柱になっています」
――ちょうどジャケットの阿川泰子さんの写真と重なるものがありますね。音楽を聴きながら街を快適にドライヴするようなシティ・ミュージック。そこにアーバン・リゾートなフィーリングも香るような。
橋本「ひと筆描きのように曲順を組んでいく中で、ブリージンな感覚というのが通底してありましたね。LAの乾いた風というか。そういう意味ではもうひとつの『Free Soul~2010s Urban-Breeze』と言えなくもないかもしれません。選曲もほぼ同じ時期でしたし。阿川泰子を自分なりに発見するきっかけは“Skindo-Le-Le”などクラブのフロアでしたが、今回は日常のさまざまなシーンでの気持ちよさを大切にして、シティ・ミュージックとして再解釈してプレゼンテーションしていますし、それがいちばん大きなポイントだと思います」
――乾いた風というのはとてもよくわかりますね。録音年代のせいもあると思いますが、まだLAのカルチャーに対する憧れみたいなものが存在していた時代の感触がありますよね。永井博さんのイラストのような(笑)。
橋本「それがシティ・ポップやAORが再評価されている今の空気感と共振する気持ちよさなのかもしれないですね」
――あとはリゾート的な側面、潮風やサウダージを感じるような曲も多く収められています。例えば“Seabird”や“Island Breeze”、“Darlin’ Don’t Ever Go Away”といったあたりの曲ですね。リゾート先で海を見ながらというシチュエーションが似合いそうです。
橋本「“Seabird”はハワイアンAOR関連の人気シンガー・ソングライター、アウディー・キムラの曲だしね。音楽性的にも、和製ブラジリアン・バンドの草分け的存在でジョイスなどとも交流の深い吉田和雄率いるスピック&スパンを迎えたボッサ・テイストで、やはりハワイ出身でハーヴィー・メイソンに見出されたシーウィンドを連想させますね」
――確かに、ここでの阿川さんの歌声はシーウィンドの女性ヴォーカル、ポーリン・ウィルソンとイメージが重なります。
橋本「それはライナーで小川充さんも指摘していますね。シーウィンドといえば、大学生の頃に友達がロンドンを旅して、そのへんの蚤の市で売っていたようなDJの選曲カセットをお土産に買ってきてくれたんですよ。その中にシーウィンドの“He Loves You”が入っていたんですけど、その頃の僕は80年代後半にくまなく中古盤屋をまわっている時で、シーウィンドなんてCTIの300円レコードと思っていたから、〈え、あのシーウィンド?〉って思ったんですね。でも大好きな曲で、その体験が阿川さんのケースとすごく近いなと思って。
日本ではポピュラーでありふれた安いレコードの代名詞みたいになっているなかにも、ロンドンのDJたちが先入観にとらわれずにセレクトしている曲があるのを、すごくいいなと思ったんです。それは〈Free Soul〉の〈3万円でも300円のレコードでもいいものはいい〉というフィロソフィーに影響を与えていて、本来はそれこそがレア・グルーヴの精神ですよね。“Seabird”を選曲してその頃の気持ちを思い出させてもらいました」
――〈Free Soul〉のアティテュードの源流につながる、いい話ですね。シーウィンドはブラジリアン・フュージョンからAOR的な音楽性まで持っているところが阿川さんと似てますね。
橋本「そうそう。どちらも70年代後半に登場して、ブラジリアン・フィーリングもまといながら、80年代に入るとアーバンな感じが強まってくるところもね」
――80年代になると、日本のシティ・ミュージックもアーバン・リゾート的な部分を全面に出したものも増えてきます。南佳孝やユーミン、山下達郎などがその筆頭だと思いますが、阿川さんの音楽もそういう流れで聴けますよね。
橋本「今回の選曲のチャレンジは、まさにそういうところですね。リゾート・ミュージック的な心地よさも『Free Soul Yasuko Agawa』の聴きどころだと思っています。さっき話に出た“Island Breeze”とかね。オリジナルはリッチー・コールですけど、それをカリビアンのリズムで、ダブやバレアリックを通過した21世紀だからこそ輝く感じでカヴァーしていて。LAやハワイからカリブ海へのサウンド・トリップという感じかな。アイランド・ミュージックへのいざない、というか」
――それともちろん、ブラジルも重要な旅先ですよね。アントニオ・カルロス・ジョビン、エドゥ・ロボ、イヴァン・リンスといったアーティストの作品が取り上げられていますし、ヴィヴァ・ブラジル、イヴァン・リンスに加え、セルジオ・メンデスのプロデュース作もあります。
橋本「どの曲も素晴らしいんだけど、ここで特筆すべきはやっぱりイヴァン・リンスかな。このコンピレーションには、“The Universe Is Calling You”と“Velas”の2曲を選んだんですが、ブラジリアン・ミュージックとAOR〜ジャズの両面で信頼の厚いアーティスト、そのすべてのフレイヴァーを包括した天才的なメロディー・メイカーですよね」
――“The Universe Is Calling You”は、収録アルバム『AMIZADE』全体のプロデュースをイヴァン自身が担当しています。アルバムを全面的に手がけるのは、彼のキャリアの中でも珍しいですね。
橋本「今回、阿川さんのアルバムを聴き直して思ったことは、そうした錚々たるプロデューサー陣やバックを務めるミュージシャンの顔ぶれの豪華さと、その演奏の素晴らしさです。それは日本でも海外でも同じで、松岡直也さんや村上“ポンタ”秀一さん、松木恒秀さん、デヴィッド・T・ウォーカーやオージー・ジョンソンにピノ・パラディーノまで、挙げると本当にキリがないんです(笑)。
そういえばピノ・パラディーノ制作のブラインド・フェイス“Can't Find My Way Home”のカヴァーはスティーヴ・ウィンウッドが書いた曲で、ポール・ウェラーの最初のソロ3作のトラフィック趣味のような、90年代前半の英国クラブ・シーンにあったアーシー&フォーキーな側面を反映したエントリーだということも、付け加えておきたいですね。やはりあの頃のイギリスを出発点として意識したうえでのアーバン・メロウ・ブリーズ・セレクションということで、そこが〈Free Soul〉というか。ダイアナ・ロスやビリー・ジョエルのカヴァーも入っている、といったこと以上にね」
――阿川泰子の“Can't Find My Way Home”は、90年代半ばのUKソウルの良い部分が凝縮されたような仕上がりで、僕もすごく好きなヴァージョンです。インタヴューの最初は90年代初頭のイギリスのクラブ・シーンの話でしたが、今のエピソードも橋本さんが英国的なセンスやカルチャーに影響を受けていることを示すものだと思います。でも本当に、阿川泰子のプロジェクトは、そういったミュージシャンを起用するスタッフ・ワークの的確さが凄いですよね。
橋本「同じビクターの90年代のSMAPにも受け継がれていくような(笑)。そういったミュージシャンやスタッフ・ワークという部分も、阿川さんの音楽のシティ・ミュージック的な魅力を裏づけていますよね」
――改めて、『Free Soul Yasuko Agawa』が、都市の日常やその延長にあるリゾートで心地よく機能するコンピレーションであると同時に、その背後には多層的な文脈や魅力があることを橋本さんのお話から感じることができました。今日はどうもありがとうございました。
橋本「こちらこそ、ありがとうございました」

橋本徹(SUBURBIA)
編集者/選曲家/DJ/プロデューサー。サバービア・ファクトリー主宰。渋谷の「カフェ・アプレミディ」「アプレミディ・セレソン」店主。〈Free Soul〉〈Mellow Beats〉〈Cafe Apres-midi〉〈Jazz Supreme〉〈音楽のある風景〉シリーズなど、選曲を手がけたコンピCDは340枚を越え世界一。USENでは音楽放送チャンネル「usen for Cafe Apres-midi」「usen for Free Soul」を監修・制作、1990年代から日本の都市型音楽シーンに多大なる影響力を持つ。現在はメロウ・チルアウトをテーマにした〈Good Mellows〉シリーズが国内・海外で大好評を博している。http://apres-midi.biz