
ジャズのど真ん中にいながら特殊な存在、マイルス・デイヴィス
――新しいカルテットのライブでは、たびたびポール・モチアンの“Blue Midnight”を取り上げていましたよね。中嶋さんとのデュオアルバムでも演奏していますが、あの曲が今回のカルテットやアルバムを考える上で重要ではないかと思いました。
「“Blue Midnight”は、たしか石井彰さん(ピアノ)のバンドで演ったのが一番最初だったと記憶しています。錠二とのデュオでも演りましたが、好きな曲なんですよね。今おっしゃったように、モチアンのああいう雰囲気や方向性が、僕のカルテットの軸になっている部分はあるかもしれないです。いわゆるビバップではなく、モーダルなジャズの中で、音色を音楽の重要なファクターとして捉えるというか。そういう意味で“Blue Midnight”は音色の重要性を表現できるフォーマットになっている気がする。曲の中で自由に動きやすかったりもしますし。自分の表現の振れ幅みたいなものを出せる曲だなと思います」
――モチアンはECMからのリリースも多いですが、類家さんはECMをどんなふうに捉えていますか? 以前、ニルス・ペッター・モルヴェルやアルヴェ・ヘンリクセンなど、ECM作品があるトランペッターをフェイバリットに挙げていました。
「ECM自体は、いろんな作品がありますけど、基本はリバーブが深いじゃないですか。そこは僕の好みとは少し違うんですよね。もちろん憧れやリスペクトはありますけど、それよりもアーティスト個人の音色が好きで聴いています。ケニー・ホイーラーも彼のトランペットが好きで。ECMの音色が好きというより、個性的な音色を持つアーティストがECMに多くいる。だからECM自体にものすごくハマったことはないですね」
――独特の音色や音響と言うと、ピアニストの菊地雅章さんもECMからのリリースがあります。それこそポール・モチアンとも長年一緒に活動していました。菊地さんのピアノはどうでしょうか?
「プーさん(菊地雅章)がECMから『Sunrise』を出した直後、2012年のブルーノート東京のコンサートを観たんです。それが結構衝撃的で。モチアンが亡くなった後で、プーさんとトーマス・モーガン(ベース)、トッド・ニューフェルド(ギター)のトリオでした。アルバムも好きでしたけど、コンサートにもびっくりしてしまった。“黒いオルフェ”以外はほとんど即興で、でも曲のようなんです。6〜7分ぐらいで一つの演奏が終わると、また新しい演奏が始まっていく。フリーのインプロビゼーションだけどガラッと違うものが始まる。あれには感動しました。バーンって3人が楽器を鳴らした瞬間、毎回、すごく新鮮な響きが出てきた。あの体験はいまだに僕の中に残っています」
――菊地さんにも大きな影響を与えたマイルス・デイヴィスは〈音色〉という観点からはいかがでしょうか? アコースティック時代の作品など、今聴くと抑制された雰囲気がアンビエントに近いように感じられるものもあります。
「マイルスはレコーディングにとても凝っていたと思います。あんなにトランペットが前にいる音像って珍しいんですよね。レコーディングの時の立ち位置や録り方によっても変わるんですけど、マイルスは本当に近くて、一番前に聴こえる。もうボーカリストみたいな立ち位置で、それは管楽器奏者にしては珍しい。前にいるとどうしても目立ちすぎてしまうし、粗も見えてしまうので、普通はあそこまでトランペットの音を前には持ってこないんです。だからマイルスはすごく特殊な存在。あれだけジャズのど真ん中にいますけど、変わっているんですよね。
アドリブの取り方も特殊です。コードがあるけど、そこでメロディーを作るようにアドリブしていく。チャーリー・パーカーと一緒に演っていたビバップ時代からずっとそうなんですね。ビバップだと普通はアドリブの時にコードに対して縦にアプローチする。でもマイルスは横。あんな人はなかなかいない。
ライブも変わっていて、当時の映像や写真を見ると、アコースティックで演る時に、マイクが遠くて、ほぼ生で吹いた音を少しだけ拾って拡張してる。でもトニー・ウィリアムスのドラムは音がでかかっただろうし、あれでステージの中でバランスを取って吹いているのは驚異的だと思います」
――他にアコースティックな音色で好きなトランペッターはいらっしゃいますか?
「たとえば近藤等則さんなんかは、ある時期以降ずっとエレクトリックで、晩年に出したスタンダード集のアルバムもディレイとかをガンガン使っていたじゃないですか。でも浅川マキさんと一緒に演っていた頃は生で吹いていて、アコースティックな音色もめっちゃ素晴らしいんですよね。音がビンビンですごくカッコいい。ただその後、エレクトリック路線を突き詰めていって、ハーモニーをエフェクターで重ねる感じとかも含めて〈近藤等則の音〉になっていったから、それはそれで確立された個性でいいなとは思います。
僕の場合はエフェクターを使うこともあるけど、アコースティックが持っている魅力や可能性も捨てきれない。自分の中でずっと持っておきたい。だから、生音でどこまでできるのか挑戦し続けたいです」