日本ジャズの新たなプラットフォーム、Days of Delight(ファウンダー&プロデューサー:平野暁臣)が、また新たな冒険に出る。これまで同レーベルがリリースした作品とは趣向の異なる、ロック色の濃いサウンドが充満するアルバムの登場だ。
タイトルは『ORBIT』。カテゴリー無用の活躍を続けるギタリストの鬼怒無月が、ベーシストの岡田治郎、ドラマーの樋口素之助と新たに結成したユニットのライブステージを捉えた一枚である。鬼怒の作品がDays of Delightからリリースされるのは『フォーヴィスム』以来、約2年ぶり。アコースティックギターによる即興ソロパフォーマンスを収めた前作から一転、エレクトリック楽器を主としたスリリングな技のやりとりが堪能できるアルバムだ。さっそく鬼怒、岡田、樋口の話に耳を傾けてみよう。

常にハイテンションで音楽をやってくれるふたり
――新トリオの結成に至ったきっかけを教えていただけますでしょうか。
鬼怒無月「2年くらい前だったかな、この3人でセッションをしたことがあって、それがすごくいい感じだったんですよ。日本のコンテンポラリージャズ、フュージョン、ジャズロックの中核をなすベーシストである岡田治郎さんは以前からの知り合いだったし、頭脳警察のドラマーの樋口素之助くんとも何回か一緒に演奏したことあって、素晴らしいプレイだなと思っていたんだけど、それまで3人で演る機会がなかったんです。3人がいい感じにハマったので、〈定期的に演らない?〉と僕が誘ったところ、ふたりとも快くOKしてくれて。
僕は、自分がギターソロで盛り上がってるときに、周りも同じぐらい盛り上がってくれないと物足りないんだけど、ふたりは思っていた以上にそういう人たちだったんですよ(笑)。僕は常にハイテンションで音楽をやってくれる人が好きなんです」
――アルバムタイトル『ORBIT』には〈軌道〉という意味がありますね。
鬼怒「なかなかいい言葉が見つからなかったんだけど、好きなバンドのひとつであるブランドXのセカンドアルバム『Moroccan Roll』のB面の2曲目が、ベーシストのパーシー・ジョーンズのソロパフォーマンスで、そのタイトルがたまたま“Orbits”だったんです。おお、コレだ!と思って(笑)」
――鬼怒さんと岡田さんが共演を始めたのはいつ頃ですか?
鬼怒「多分1990年代です。新澤健一郎くんのユニットだったと思います」
岡田治郎「その後、上野山英里さんのバンドで一緒になってから、いろいろと一緒に演奏することが増えました」
――鬼怒さんと樋口さんは、NITROというユニットでも演奏なさっていました。
樋口素之助「NITROは、がっちゃん(宮田岳)の歌ものが中心のバンドでした。コロナ禍の頃、けっこう演っていましたね」

ガチな根性マンガのような3人のぶつかり合い
――岡田さんと樋口さんはこのトリオで初めて共演したとのことですが、鬼怒さんがおふたりに声をかけた理由は何ですか?
鬼怒「素之助くんには、はち切れんばかりのやる気がある。そのエネルギーが僕は好きなんです。〈そういうことをやってほしかったんだ!〉といいたくなるような、びっくりするような展開を見せてくれます。
治郎ちゃんは、やる気に満ち満ちているところを表面に出すほうではないですが、やっぱり〈うわ、そんなことやるんだ!〉という感じが常にあるのが、すごくいい。他ではちょっと聴いたことがないような、ものすごく変なチョッパーを入れてきたり(笑)。そして本当にいいなと思うのは、そういうアプローチが完璧に肉体化されているところ。〈うわっ、すげえ!〉と思います。
このトリオの音楽は基本的にはすごくシンプルで、いわゆる〈テーマ~アドリブ~テーマ〉みたいな楽曲構造なんですが、このふたりとなら演奏していてもダレる瞬間がないし、僕がギターソロを弾くシチュエーションでも、ふたりが〈なんだかよくわかんないけど楽しいぞ!〉という感じを出してくれるのが本当にいいですね。演っていて楽しいです」
――樋口さんにとっての、このトリオならではの魅力は何でしょうか?
樋口「尊敬するふたりと一緒に音を出せることがまず嬉しいですね。自分に全くなかった何かが、毎回の演奏の中で生まれているというか。ライブごとに、大失敗するときもあれば、〈すげえよかったな!〉って感じるときもあるし、その日しかできないことをしているという……生きている音楽を演奏している感じです。このバンドは、普通だったら多分怒られるような事態になっても、演奏がムチャクチャになったとしても全部それを曲にしてくれるというか。(鬼怒と岡田は)僕をサポートしてくれるし、さらに演奏を広げてくれるんです」
――岡田さんはどうお考えですか?
岡田「僕も(樋口と)同じです。即興演奏って、自分だけが何かを狙って弾いたり、自分だけが暴走したりするのはあまり良くないと思っているので、ごく自然に演奏しています。ドラマーとベーシストの組み合わせに関しては、鬼怒さんが〈新しい組み合わせで何か面白いことが起きないかな?〉と目論んでいる感じがアリアリですよね(笑)?」
鬼怒「僕は博打が好きだからね(笑)。僕の中で治郎ちゃんと素之助はジャンル的には相入れない、全く違う村の住人だけど、言ってみれば僕だって彼らとは異ジャンルの人間。治郎ちゃんも僕も演奏家としてある意味でメチャメチャだけど、素之助くんはそんな僕らに分け隔てなく、ガチで付き合ってくれる」
樋口「僕はもうホント、毎回ライブで挑戦しているような感じです。毎月毎月、自分の演奏を磨いて、〈これだけやっても、まだまだ追いつけない!〉というのをずっと繰り返してる(笑)」
岡田「根性マンガみたいだね(笑)」

互いをリスペクトしながら暴れるアンサンブル
――『ORBIT』は、鬼怒さんのオリジナルナンバーで占められています。数多い自作の中から、この7曲を選んだ理由は何でしょうか。
鬼怒「暴れやすい曲、ということですね」
――冒頭の“Selva Oculta”は鬼怒さんが参加なさっているユニット〈空に油〉でも演奏されていましたが、そこでは12弦のアコースティックギターを生かした、8分の6拍子のリズムだったと思います。今回はロック的な要素が爆発した、とてもソリッドなアレンジになっていますね。
鬼怒「僕はアレンジを細かく決めるよりも、〈(シチュエーションごとに)好きにやってください〉というタイプです。空に油のときは、(打楽器奏者の)ヤヒロトモヒロがそういうリズムにしたがるんですよ。
今回のトリオで割とイメージしているのは、ジェフ・ベックの『Jeff Beck’s Guitar Shop』と、トミー・ボーリンがバンドに入っていたビリー・コブハムの初期のアルバムのようなハードなインストゥルメンタル。そういう意味で『ORBIT』は、〈これが俺らだ!〉という、すごくいいものができた。エネルギッシュで攻撃的なアンサンブルの演奏というか、3人がちゃんとお互いをリスペクトしながら攻めている、というか……」
――そこからラストの“I Was a Teenage Werewolf”まで一気に聴かせてくれます。“I Was a Teenage Werewolf”は鬼怒さんが参加なさっている別のユニットEraでも演奏されていた曲ですが、これがまたシンプルで、すごく乗れる曲ですね。
鬼怒「僕、ローリング・ストーンズがすごく好きなんですよ。“Gimme Shelter”とか“Brown Sugar”のような、僕が聴いたときに感じる〈かっこいい!〉を自分の音楽でも感じてもらえたらいいなと思って、すごく昔に書いた曲です。形は違うけれど、ロックンロール精神の発露、みたいな感じですね。
若い頃の僕は、メンバーにいろいろと指示していました。そうしないとリーダーとしてダメなんじゃないかと思ったこともあるし、指示していると偉くなったようで楽しいじゃないですか(笑)。ただ、今回のトリオは、メンバーを選んだ時点で、僕が思った以上の音楽になったし、アルバム化に際しても、ライブ録音した演奏をつなぎも削りもせずに生のまま作品にした。2日間ライブを行なった中からのチョイスなので、曲順は違いますが」

フュージョンとメタルを聴いて育ったベーシスト
――鬼怒さんの略歴は『フォーヴィスム』のリリース時にうかがいましたので、岡田さんと樋口さんのプロフィールについて教えていただけますでしょうか。
岡田「僕はフュージョンとヘヴィメタルがブームだった世代なので、若い頃はその両方を聴いていましたね。フュージョンだったら青山純さんがいらした頃の第2期のプリズムとか、カシオペアとか。メタルならマイケル・シェンカー・グループ、ラウドネス、アイアン・メイデン等ですね。ジャコ・パストリアスを初めて聴いたのは高校生の頃、“The Chicken”が入ったオーレックス・ジャズ・フェスティバルのライブ盤(『Twins I (Aurex Jazz Festival ’82))でした。
その後、ヤマハ音楽院に行って、卒業してから徐々にアイドルのバックバンドで演奏するようになりました。ジャズやフュージョンの世界に入ったきっかけは、ギタリストの竹中俊二さんにソロを習いに行ったときに、パワー・ウェイヴというバンドに入れてもらったことです。そのあたりから、六本木のピットイン等に出るようになりました』
鬼怒「あのベース、治郎ちゃんだったんだ!」
岡田「そうそう。僕は平石カツミさんの後任で」
鬼怒「凄い人がいるなあ、アホみたいにうまいなあと思ってた(笑)」
――プリズムに入られたきっかけは何だったんですか?
岡田「六本木ピットインでいろいろとセッションをしていたときに、和田アキラさんや木村万作さんと知り合いになって。和田さんもそこのセッションバンドの一員で、同じようなメンバーで毎月ライブをやっていて、僕もそこで結構長く演奏しました」

バスケ少年が頭脳警察のドラマーになるまで
――樋口さんは17歳でドラムを始めたとのことですが、それ以前はどんな楽器を?
樋口「一切、何もやってなかったですね。親がレコードを何千枚も持っていて、それを聴いて育ったんですが、僕は楽器ではなくてバスケットボールをずっとやっていて(笑)。ある日、父が買ってきた村上“ポンタ”秀一さんのDVDを見て、〈文化祭でドラムを演奏したい!〉と思ってドラムを始めました。
僕は三重県出身なんですが、大学は京都だったんです。それで大学時代、セッションに行ったときにたまたま岡本サミュエルさんがいらっしゃって、ラテン、ロック、ジャズを教わることになりました」
――そしてジミー桜井さんのバンドCELEBRATION DAZEにも加わり……ということは、ジョン・ボーナムのポジションを任せられたということですね。
樋口「それまでレッド・ツェッペリンに関してはほとんど演奏したことはなかったのですが、ジミー桜井さんのセッションで1回だけ “Rock And Roll”を演ったときに、やる気が認められたのでしょうか、声をかけていただきました」
――樋口さんは、さらに頭脳警察にも参加しています。
樋口「京都にいた頃、頭脳警察と対バンツアーをすることになって、バックバンドを務めたことがありました。その後、僕が東京に出てきたときにPANTAさんが声をかけてくれて頭脳警察に入ることが決まりました。僕は今のところロック系の仕事が多いんですが、メイシオ・パーカーのようなファンキーな音楽も大好きなんです」

癒しは求めないでいただきたい
――ところで今回は数々のロックミュージシャンやバンドの名前がインタビューに登場しましたが、いわゆるプログレッシブロックの面々に関してはまだ出ていないように思うのですが。
鬼怒「僕はもう、プログレが血であり肉ですし、こうやってインタビューで特に名前を挙げなくてもそれが音に出ちゃうというか(笑)。でも自分的には、いわゆるブリティッシュプログレッシブロックのビートよりも、素之助くんも好きなファンクだったり、そういったビートに寄っている感じでしょうか」
――岡田さんや樋口さんは、プログレに関してはどうですか?
岡田「僕はそんなに分かってないです(笑)」
樋口「僕も(笑)。聴いてきてはいるんですが」
鬼怒「なので、僕らの共通項は〈やる気〉なんですよ。たとえば〈キング・クリムゾンのファンが3人でバンドをやりました〉となると、どうしてもクリムゾンみたいな音楽になってしまうじゃないですか。それはそれで楽しいんでしょうけど……。
今は音楽をジャンルで分類するのが難しい時代で、ジャズとロックの対立とか、どのジャンルが偉いとか、そういったことにこだわっていたのは僕ぐらいの世代までだと思います。僕より若い素之助くんの世代もそうだったかもしれないけど、今はもう全部の音楽が並列になっていて、リスナーはいろんな音楽を楽しんでいます。なので、今回のアルバムとツアーは、ハードな音楽が好きな人、熱い音楽を求めている人にぜひ聴いてほしいですね。ただ、癒しとか、そういうものは求めないでいただきたい、という(笑)」
RELEASE INFORMATION

リリース日:2026年4月23日(木)
品番:DOD-061
価格:2,750円(税込)
TRACKLIST
1. Selva Oculta
2. Adan
3. Red Fan
4. Waver
5. No Mean City
6. Fire Walk
7. I Was a Teenage Werewolf
(2025年11月13日~14日 東京にてライブ録音)
■演奏者
鬼怒無月 electric & acoustic guitar
岡田治郎 electric bass
樋口素之助 drums
PROFILE: 鬼怒無月
高校時代に音楽活動をスタートさせて以来、独学でギターを習得。ロックアンサンブルの新たな可能性を拡げるBondage Fruit、独自の視点でタンゴを再解釈するSalle Gaveau、現代的なアプローチでロックに切り込むCoilなど、数々のユニットを舞台にジャンルレスなプレイで独自の音楽表現を追求している。2024年にはDays of Delightから『フォーヴィスム』をリリース。
PROFILE: 岡田治郎
12歳でベースと出会い、22歳でプロに。高橋真梨子のヘンリーバンドに15年間在籍したのち、INFINITE CIRCLE、WISIWYGなどに参画。2001年からは日本を代表するフュージョンバンド、プリズムに加入し、3ピースバンドの一角として多くの秀作を送り出す。
PROFILE: 樋口素之助
17歳でドラムをはじめ、大学在学中に岡本サミュエルに師事。京都を拠点にプロミュージシャンとしてのキャリアをスタートさせると、伝説的なロックバンド、頭脳警察やジミー桜井率いるCELEBRATION DAZEに参加するなど、一貫してロックシーンの最前線を走る。