日本ジャズの今を冒険と共に刻むDays of Delight(ファウンダー&プロデューサー:平野暁臣)がこの夏、個性的かつ起伏に富む一作を発表する。
アルバムタイトルは『プラーナ』、演奏者は大村亘、橋爪亮督、西嶋徹の3名。それぞれドラム、テナーサックス、ベースの第一人者でもあるが、今回、大村はタブラとバヤ(インドの打楽器)を演奏。橋爪はリリコン(初期の電子管楽器)、スリン(インドネシアの竹笛)、西嶋はバイオリンやダクソフォン(ハンス・ライヒェル考案の、木片を弓で擦って音を出す楽器)も手がける。トリオはもちろん、ソロ、組み合わせを替えたデュオも含む多彩な内容がディスクに収められており、前提はただひとつ〈リハーサルも一切ないままの完全即興であること〉。
3人はいかに出会い、このアルバムレコーディングに至ったのか。「即興は会話と同じように、とても日常的なもの」と語る彼らのインタビューに目を向けたい。


格闘技からドラム、タブラへ――大村亘の異色なキャリア
――最初に、皆さんの音楽遍歴を教えていただけますか?
大村亘「ちょっと変わった経緯で、僕は音楽より先に格闘技にハマったんです。すぐに空手の黒帯になって、オーストラリアに引っ越した後も続けていたんですけど、同世代の同じような体格の人が全然いなくて、身長185cm越えの90kgあるような人ばかり。組み手をすると、当然ボコボコにされるわけです(笑)。対戦相手には軍人もいたし、柔道の有段者もいて……。ただ、スピードだけには自信があったから、ステップや間の取り方によって、どういう攻撃、どういう有効打が打てるのかといったことを必死で考えた。そうしているうちに、〈これはリズムが大切なんだ、リズム感を強化しなきゃダメだ〉と思い至ったんです。だから、僕は強くなりたいがためにドラムを始めたんですよね(笑)。
そのうちに、音楽に詳しい方が〈ドラムをもっと巧くなりたいんだったら、いろんな音楽を聞いた方がいいよ〉というアドバイスとともに、ハービー・ハンコックの『The New Standard』を貸してくれたんです。聴いてみると、もちろんハービーのピアノは印象深かったんだけど、もっと気なったのはジャック・ディジョネットのドラムでした。もっとも、何をやっているのか全然わからなかった。当時はもっとタイトなフュージョンばかり聴いていたので。
それからトニー・ウィリアムスなども聴くようになって、オーストラリアに住んでいたときにシドニー音楽院のジャズ科に行きたいと思い、サックス奏者のデイル・バーロウに学びました。アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズにいたこともあるし、ビリー・コブハムのバンドでも吹いていて、10代でソニー・スティットに誘われるような天才肌の人でした。ECMから『Ondas』をリリースした著名なピアニスト、マイク・ノックにも多くの刺激とインスピレーションを頂きました」
――タブラを演奏するようになったのはその後ですか?
大村「そうです。ジョン・マクラフリンのバンド、シャクティの1970年代の音源を聴いたら、そこで叩かれていたタブラの音がものすごくて。それがザキール・フセインの演奏でした。
タブラの歴史を勉強していくと古い伝統があると知って、やっぱりインドに行かないと無理だなと思い……。インドからオーストラリアに移住してきた人に相談したら、〈タブラはガチな世界だから、インドに行ってちゃんとした先生を見つけないと普通の音も出せないよ〉と言われ、30歳になってインドを訪れるようになりました」

フュージョン世代の西嶋徹と橋爪亮督、それぞれの歩みと迷い
――西嶋さんの最初の楽器は何ですか?
西嶋徹「バイオリンです。それを続けているうちに、高校生の時にバンドブームが来て、フュージョンのチョッパーベースがやりたくなったんですよ。バイオリンもベースも同じ弦楽器だから、だいたい音を出す仕組みみたいなことはわかったんですが、チョッパーに関しては、どうやって音を出しているのかまったくわからなかった。そこで仕方なく、いきなり渋谷のヤマハに行って〈チョッパー用のベースをください!〉と(笑)。それから毎日、青木智仁さんの教則ビデオを見ながらひたすらチョッパーを練習してました。
一方では、高校の時からアマチュアのオーケストラにも入っていて、そこではバイオリンやビオラを弾いていたんですが、コントラバスもかっこいいなと感じていました。その後、音楽をやりたいと就職活動もしないでプラプラしていた頃に、〈コントラバスの先生を紹介してあげるから、やってみたら?〉と言われまして。楽器もないから知り合いに借りに行って、1ヶ月間とにかく練習して演奏会に出ました」
――そこからどのようにジャズに接近したのでしょうか?
西嶋「大学ではジャズ研にいました。演奏していたのは主にフュージョンで、卒業後にはメーザーハウスで櫻井哲夫さんのレッスンを受けたりして。やがて〈ウッドベースの先生にも習いたい〉と思うようになり、井野信義さんのレッスンに通うようになったんです。当時、井野さんと斎藤徹さんと山崎実さんがピットインでライブをしていて、それはほとんど即興だったと思いますが、とても強烈な体験でしたね。
僕はクラシック畑で学んできて、それが土台になっているので、もしかしたら、ジャズを専門にやってきた人と考え方がちょっと違うかもしれません」
――橋爪さんも高校生の頃、フュージョンに夢中だったとうかがいました。
橋爪亮督「僕も(西嶋)徹くんと同じ世代なので、時代的に耳に入ってくる音楽は全部フュージョンでした。若い頃はもう、とにかく4や2で割り切れるリズムの音楽がすべてで。
その後、バークリー音楽大学に行ったんですが、いろんな国のいろんなアイデンティティを持った人がいっぱい集まっていて、そこそこ吹けるつもりで行った僕も、留学生が陥りがちなアイデンティティクライシスにはまってしまったんです。一時は音楽を全てやめようかとまで思いましたが、紆余曲折を経て、結局は自分の価値観で良いと思ったものを自分で作って表現していくしかないし、それでいいんだ。そう考えられるようになって吹っ切れました。
それを契機に、自分で曲を書いてコンサートをやることを目標に作曲の勉強も始め、楽器もアルトサックスから自分の声域に合っているテナーサックスに変えました。初めての全曲オリジナル曲でのコンサートで〈君の音楽はエキゾチックで面白いな〉と言ってもらえて、ああ、こんなふうに聞こえているのか、と。ようやく音楽を続けていける気がしました。現在もその延長です」

岡本太郎のアトリエでの撮影から生まれたアルバム
――今までのお話をうかがって、バックグラウンドの異なる皆さんがいかに出会って完全即興のセッションをするように至ったのか、さらに関心が高まってきました。
大村「直接のきっかけは、横浜のジャズバーで始まったプロジェクトです。僕たち3人が、普段メインで演奏しない楽器を使って90分の即興演奏をするという企画でした」
西嶋「もちろんそれ以前から、テナーサックス奏者として、ベーシストとして、ドラマーとしては互いによく知る間柄だったわけですが……」
橋爪「いちばん最初のライブは亘くんと僕のデュオだったんじゃないかな。亘くんはタブラ指定で。演奏を続けているうちに、今度は徹くんが呼ばれるようになって」
西嶋「僕はバイオリンをオファーされたんです。小さい頃から一応弾いていましたが、人前で演奏する機会があんまりなかったので、〈まあ、やってみようか〉という感じでした」
――その90分の演奏はノンストップですか? 10分のセクションが9つとかではなくて?
大村「ノンストップです。お客さんからすると、ちょっと短めの映画を1本見る感じですね」
――今回のアルバム『プラーナ』とは、また異なる感じですね。
大村「今回の演奏は、元々は〈Days of Delight Atelier Concert〉(岡本太郎のアトリエで収録したセッション映像をYouTubeで公開するプロジェクト)のためのもので、アルバムとして発表する目的で録音したものではないんです。ところが、動画収録を終えた後、音源のラフミックスを聴いた平野さんが突然〈作品にしよう!〉って(笑)。
つまり、録音時点ではあくまで動画収録だったので、90分ノンストップのインプロビゼーションという選択肢も無くはなかったんだけど、さすがにそれでは観てもらえないだろうと、5〜10分程度の尺でいろいろやってみることにしたわけです」
――それでも結局すべてインプロビゼーションになった。
橋爪「実は楽曲も用意していたんです。短めの尺でいく前提だったし、平野さんから〈君たちの作曲能力もアピールしたいので、できるだけオリジナル優先で〉と言われていたので。でも、現場で迷っていたら、平野さんが〈え? 全部インプロでいいんじゃない? 即興だって『リアルタイムの作曲』なんだから〉と言ってくれて。それで安心して全編即興で行くことになったんです。で、〈あー、よかった〉と。3人ともその方が自然だと思っていたので(笑)」

即興は生きることに似ている
――〈Atelier Concert〉用の音源がまるごとディスクになるのは、Days of Delight史上初めてとのことです。私は『プラーナ』を聴いていて、〈互いの音に反応しなければ〉という力みを感じさせない即興だと感じました。例えば鳥の鳴き声、川のせせらぎが同時に聞こえる場合、別に鳴き声とせせらぎは互いに触発しあっているわけではないですが、同じ空間に気持ちよく共存している。そういったことに通じる印象です。
橋爪「ありがとうございます。もちろん〈反応することが全て〉みたいな表現の音楽もあるし、そこにも大きな意味があると思うけれど、それはあくまで表現のひとつですからね。僕はあえて普通に、3人で会話するように即興をやりたい。今回はそれぞれ7~8分のテイクで、1つの物語を話していったような感じです。音での会話を、こっちサイド(音楽家)だけじゃなく、聴いている人みんなとシェアできたら嬉しいなと思います」
西嶋「僕にとっても、即興は〈ここで何をカマそうか〉と気負ってやるものではありません。〈あ、なんか疲れてきたな〉と思ったら弾くのをやめたりしますし(笑)。あまり考えずに、ボーッと歩いているのと変わらない」
大村「即興というと、抽象的で、ちょっと非現実的で、芸術志向が強い、という印象を持っている人が少なくないと思うけど、僕自身の考えはまったく逆で、極めて日常的なものだという認識です。じっさい人生だって台本がないわけですからね。そう考えれば、即興は生きることととても似ている。即興はその時に流れてきたアイデアを、共演者と共有して演奏しているだけであって、その感覚はタブラでもドラムでも変わらないですね」
橋爪「僕は日頃メロディの演奏を担当することが多いのですが、個人的には伴奏に憧れがある。ジャズにおいていちばんアーティスティックな部分は伴奏だと思っているくらいです。素晴らしい伴奏者がいて、初めて音楽は前に進み、立体的になっていくと感じるので。その意味では〈亘くんがタブラでメロディを奏でている間、僕は伴奏しよう〉などと、いつもと違う役割で音楽に参加できるのは楽しいですね」

プラーナ=呼吸は生きることの根源
――主と従にわかれていないところも、〈いい会話〉という感じがします。ところで今回の録音場所は岡本太郎さんのアトリエです。ライブスポットやレコーディングスタジオとはまた異なるバイブレーションがあるのではと想像するのですが……。
大村「音楽をやるためにデザインされた場所ではないけど、キャンバスとキャンバスの隙間が反響板になっているように感じられたり、〈オブジェの曲面の間を音が踊っているんじゃないか〉とか、イマジネーションも湧いてきて、とても刺激されますね。程よく天井も高くて、音の響きも良くて、とてもリラックスして演奏できました。
『プラーナ』というタイトルは〈呼吸〉という意味です。呼吸自体が生きることの根源でもありますし、呼吸する行為に飽きることはないと思うんです。なので、この作品が皆さんにとって何回聴いても飽きないアルバムになっていたら嬉しいです」
西嶋「普段から僕らがやってきたことの結節点みたいなものがアルバムに発展していったのは、やっぱり音楽の力なんだろうなと思います。誰かが〈こうやろうぜ〉と引っ張っていったこともなく、たまたまこうなったという感覚が自分的には強い。それがすごく心地よくて、自然で素敵なことです」
橋爪「特定のスタイルを当てはめようとして聴くと〈なんだこれは、こんなものはジャズじゃないだろ〉と思われるアルバムかもしれませんが、ぜひナチュラルな、真っさらな感覚で聴いてみてください。リスナーの方にどう感じていただけるのか、今からとても楽しみです」

RELEASE INFORMATION

リリース日:2026年8月21日(金)
品番:DOD-064
価格:2,750円(税込)
TRACKLIST
1. part I
2. part II
3. part III
4. part IV
5. part V
6. part VI
7. part VII
8. part VIII
(2026年4月14日 東京録音)
■演奏者
橋爪亮督 tenor & soprano saxophones, lyricon, suling, electronics
西嶋徹 bass, daxophone, violin, electronics
大村亘 tabla, bayan
PROFILE: 大村 亘
青年期を過ごしたオーストラリアでドラムと出会い、シドニー大学、シドニー音楽院ジャズ科に進学すると、師弟関係にあるテナーサックス奏者デイル・バーロウとのツアーやレコーディングを始め、積極的に音楽活動を展開。2006年に活動拠点を東京に移す。2013年からインド古典音楽界の巨匠にしてタブラのグル・パンディット・ヨゲシュ・サムシに弟子入り。2016年には文化庁からムンバイに派遣され、80日間におよぶ研鑽を積む。
PROFILE: 橋爪亮督
岡山大学在学中20歳のときに奨学金を得て米バークリー音楽大学に留学。1996年にジャズ作曲科を卒業すると、早くもその年にデビューアルバムを、翌年には2作目をアメリカ国内でリリースするという快挙を成し遂げる。1997年、帰国。プレイを通じて提示する独自の世界観が注目され、既存のスタイルに収まらない斬新なアプローチがコアなジャズファンを惹きつけている。
PROFILE: 西嶋 徹
5歳でバイオリンを、高校時代にビオラとエレキベースを始め、大学卒業後コントラバスに転向。野崎良太のJazztronikや葉加瀬太郎バンドに参加し、日本の音楽シーンの中核で活躍。ジャンルを超えたトップアーティストからの信頼を得て、幅広くその名を轟かせている。これまでにベースソロアルバム『Phenomenology』、自身のグループ〈幽けき刻〉などのアルバムをリリース。
Days of Delightについて
日本ジャズに特化したレーベルとして2018年に創設。テーマは〈いまここにあるジャズ〉。半世紀にわたって日本ジャズ界を牽引してきたレジェンドから20代のライジングスターまで、第一線のプレイヤーによるクリエイティブなプレイを届けている。本作品で66タイトルをリリースしてきた。
公式サイト:https://www.dod-jp.com/
YouTube:https://www.youtube.com/@daysofdelight6986/videos