©Ryohei Ambo

エレクトロニック・ミュージックのトップランナーは、いままさにキャリアの重要な転換点を迎えていて――25年の実り多い軌跡とその先の未来が交差する分岐点に新たな傑作が誕生した!

魔法のようなもの

 「僕がこれまでやってきたことの一部が、いまでは若い人たちにとって参照されるものになっていると思う」。

 本人がそう語るように、ボノボは25年以上ものキャリアのなかでさまざまなスタイルの音楽性に取り組んできた。時代や流行が輪廻を繰り返し、新しい世代が多様な過去のアーカイヴに接続するのが珍しくなくなった昨今、改めて往年のトリップ・ホップやダウンテンポ、エレクトロニカなどが現代的な目線から評価を受ける機会は数多い。そうした音楽を往時から作ってきたヴェテランの彼にとっては、さまざまな局面で何かを感じる機会も多いのかもしれない。

 英国ブライトン出身で76年生まれのボノボことサイモン・グリーンは、99年に地元のレーベルであるフライ・カジュアルから『Scuba EP』を発表し、同じくブライトンのトゥルー・ソーツ発のコンピ『When Shapes Join Together』に“Terrapin”を提供してシーンにエントリー。2000年にトゥルー・ソーツから初のアルバム『Animal Magic』をリリースし、翌2001年に現在も在籍するニンジャ・チューンと契約して以降は、最初期のトリップ・ホップ〜ダウンテンポ主体の印象から徐々に音楽性の幅を広げ、世界各地の伝統音楽やジャズの影響も採り入れながら、よりアップビートなダンス・トラックにもアプローチしてきた。一方で、ライヴ・パフォーマンスではフル・バンドを従えて自身の楽曲を再現するなど、シネマティックなサウンド・デザインとドラマ性の高い楽曲によって、クラブ・ミュージックの範疇に止まらない多くのリスナーにアピールする存在となっている。

 もっとも、そうした作風の変化が物語るように、現在の彼はレフトフィールドな領域でのみ愛されるような名前ではもはやない。特にストリーミング時代に入って以降の人気の拡大は目覚ましく、2017年の『Migration』と2022年の『Fragments』はいずれも全英5位まで上昇するなどチャート上の商業的な評価も獲得している。一方では世界各地で大規模な公演やフェス出演を繰り広げ、かのロイヤル・アルバート・ホールでの5夜連続のソールドアウト公演という記録を打ち立ててもいるのだ。

BONOBO 『Distance In Static』 Ninja Tune/BEAT(2026)

 そんなボノボの『Fragments』以来となるニュー・アルバム『Distance In Static』が完成した。「人は複数の顔を持つことができる、という考えを強調したいんだ」との言葉通り、今回のアルバムではベッドルームとダンスフロア、ライヴ・アーティストとDJといった複数の持ち味が隣り合うように表現されている。

 アルバムの大部分は、あのニール・ヤングがカリフォルニア州ウッドサイドに所有する広大な私有地ブロークン・アロー・ランチ内のスタジオで制作された。森と川に囲まれ、「精神的に特別な場所」と形容する環境に滞在しての作業は、かつてない没入感を伴った創造性を刺激される経験だったようだ。

 「20代のクロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングがシャツを脱いでセッションしている写真があるんだけど、ふと周りを見渡せば、その写真に写っている場所があり、スタジオがあり、テープ・マシーンがある。クリエイティヴという点で、何か魔法のようなものがそこにはあるんだ。2週間、ランチの外には一歩も出なかった。町にも行かず、髭も剃らなかった。ただひたすら集中していたんだ。スープとコーヒーを作って作業をするだけ。小屋で火を焚いたり、朝は森の中をハイキングしたり、川辺で過ごしたりした。誰ともほとんど話さないから、ある種の社会的隔離でもあった。とても瞑想的な時間だったよ」。

 

ミュージシャンとしての在り方

 そんな発言の印象とは裏腹に、アルバムを特徴付けるのは多種多様な個性とのコラボだろう。ジョイ・クルックスやレーベルメイトでもあるニルファー・ヤンヤ、新進のアーニャ・マーティンというUK勢に加え、日本の青葉市子、ロンドン在住で古箏とギターを演奏するカナコ・ヤマモト(2024年の“Reason”をボノボがリワークしていた)、そして『Migration』にも迎えていたLAのニコール・ミグリス(ハンドレッド・ウォーターズ)に至るまで国際色豊かな名前が並んでいる。

 なかでも際立つのはNYを拠点とするアルージ・アフタブがウルドゥー語で歌った幻想的な“Fire On The Water”だ。スタジオの入力テストに際して録音されたラフなアコギのループにアフタブが反応したことをきっかけに出来た曲だそうで、ボノボ本人も「この曲が生まれた時、初めてアルバムが形になりつつあると実感できた。僕たちは二人とも〈ああ、これは本当に特別なものだ〉と思ったんだ」と語っている。他にもジョイ・クルックスとのソウルフルな“Always On Your Side”ではデイヴ・シーテックが追加プロダクションで参加し、ニルファー・ヤンヤとの“Youth’ei Ambo

エレクトロニック・ミュージックのトップランナーは、いままさにキャリアの重要な転換点を迎えていて――25年の実り多い軌跡とその先の未来が交差する分岐点に新たな傑作が誕生した!

 

魔法のようなもの

 「僕がこれまでやってきたことの一部が、いまでは若い人たちにとって参照されるものになっていると思う」。

 

 本人がそう語るように、ボノボは25年以上ものキャリアのなかでさまざまなスタイルの音楽性に取り組んできた。時代や流行が輪廻を繰り返し、新しい世代が多様な過去のアーカイヴに接続するのが珍しくなくなった昨今、改めて往年のトリップ・ホップやダウンテンポ、エレクトロニカなどが現代的な目線から評価を受ける機会は数多い。そうした音楽を往時から作ってきたヴェテランの彼にとっては、さまざまな局面で何かを感じる機会も多いのかもしれない。

 

 英国ブライトン出身で76年生まれのボノボことサイモン・グリーンは、99年に地元のレーベルであるフライ・カジュアルから『Scuba EP』を発表し、同じくブライトンのトゥルー・ソーツ発のコンピ『When Shapes Join Together』に“Terrapin”を提供してシーンにエントリー。2000年にトゥルー・ソーツから初のアルバム『Animal Magic』をリリースし、翌2001年に現在も在籍するニンジャ・チューンと契約して以降は、最初期のトリップ・ホップ〜ダウンテンポ主体の印象から徐々に音楽性の幅を広げ、世界各地の伝統音楽やジャズの影響も採り入れながら、よりアップビートなダンス・トラックにもアプローチしてきた。一方で、ライヴ・パフォーマンスではフル・バンドを従えて自身の楽曲を再現するなど、シネマティックなサウンド・デザインとドラマ性の高い楽曲によって、クラブ・ミュージックの範疇に止まらない多くのリスナーにアピールする存在となっている。

 

 もっとも、そうした作風の変化が物語るように、現在の彼はレフトフィールドな領域でのみ愛されるような名前ではもはやない。特にストリーミング時代に入って以降の人気の拡大は目覚ましく、2017年の『Migration』と2022年の『Fragments』はいずれも全英5位まで上昇するなどチャート上の商業的な評価も獲得している。一方では世界各地で大規模な公演やフェス出演を繰り広げ、かのロイヤル・アルバート・ホールでの5夜連続のソールドアウト公演という記録を打ち立ててもいるのだ。

 

BONOBO

『Distance In Static』

Ninja Tune/BEAT(2026)

洋楽 洋楽エレクトロニック/ダンスミュージック

 そんなボノボの『Fragments』以来となるニュー・アルバム『Distance In Static』が完成した。「人は複数の顔を持つことができる、という考えを強調したいんだ」との言葉通り、今回のアルバムではベッドルームとダンスフロア、ライヴ・アーティストとDJといった複数の持ち味が隣り合うように表現されている。

 

 アルバムの大部分は、あのニール・ヤングがカリフォルニア州ウッドサイドに所有する広大な私有地ブロークン・アロー・ランチ内のスタジオで制作された。森と川に囲まれ、「精神的に特別な場所」と形容する環境に滞在しての作業は、かつてない没入感を伴った創造性を刺激される経験だったようだ。

 

 「20代のクロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングがシャツを脱いでセッションしている写真があるんだけど、ふと周りを見渡せば、その写真に写っている場所があり、スタジオがあり、テープ・マシーンがある。クリエイティヴという点で、何か魔法のようなものがそこにはあるんだ。2週間、ランチの外には一歩も出なかった。町にも行かず、髭も剃らなかった。ただひたすら集中していたんだ。スープとコーヒーを作って作業をするだけ。小屋で火を焚いたり、朝は森の中をハイキングしたり、川辺で過ごしたりした。誰ともほとんど話さないから、ある種の社会的隔離でもあった。とても瞑想的な時間だったよ」。

 

 

 

ミュージシャンとしての在り方

 そんな発言の印象とは裏腹に、アルバムを特徴付けるのは多種多様な個性とのコラボだろう。ジョイ・クルックスやレーベルメイトでもあるニルファー・ヤンヤ、新進のアーニャ・マーティンというUK勢に加え、日本の青葉市子、ロンドン在住で古箏とギターを演奏するカナコ・ヤマモト(2024年の“Reason”をボノボがリワークしていた)、そして『Migration』にも迎えていたLAのニコール・ミグリス(ハンドレッド・ウォーターズ)に至るまで国際色豊かな名前が並んでいる。

 

 なかでも際立つのはNYを拠点とするアルージ・アフタブがウルドゥー語で歌った幻想的な“Fire On The Water”だ。スタジオの入力テストに際して録音されたラフなアコギのループにアフタブが反応したことをきっかけに出来た曲だそうで、ボノボ本人も「この曲が生まれた時、初めてアルバムが形になりつつあると実感できた。僕たちは二人とも〈ああ、これは本当に特別なものだ〉と思ったんだ」と語っている。他にもジョイ・クルックスとのソウルフルな“Always On Your Side”ではデイヴ・シーテックが追加プロダクションで参加し、ニルファー・ヤンヤとの“Youth’s Fountain”ではカナコ・ヤマモトのギター、ジャック・ベイカーのドラムスを交えたローファイな演奏にて助力している。

 一方、自身のDJプレイも念頭に入れたパーカッシヴなインストの“Drift”や“Me And You”ではダンサブルなトラックでクラブ志向を体現。イランの歌手であるラメシュの“Labe Darya”をサンプリングした“Shokoufeh”、民族音楽学者のヒュー・トレイシー(カリンバを欧米に紹介した人である)が1950年にマラウイで採取したフィールド・レコーディング音源“Amai Ndinule”を用いた“Me And You”のように、世界の伝統音楽をしなやかなビートに編み込んだ異国情緒豊かな楽曲も聴きどころだ。

 そんな『Distance In Static』は、自身の輝かしい25周年を祝うアルバムとして文句なしの完成度を誇る傑作である。ただ、本人は「この形式での活動は、恐らくこれが最後になるだろう」とも語っており、どうやらボノボはここにきて大きな転換点を迎えているというわけだ。

 「今後がどんなものになるのかはまだわからないけど、ここから先、ミュージシャンとしての在り方を再定義していくことが本当に重要なんだ」。

『Distance In Static』に参加したアーティストの作品を一部紹介。
左から、アルージ・アフタブの2024年作『Night Reign』(Verve)、ニコール・ミグリスの2024年作『Myopia』(Sargent House)、ジョイ・クルックスの2025年作『Juniper』(Speakerbox)、ニルファー・ヤンヤの2024年作『My Method Actor』(Ninja Tune)、青葉市子の2025年作『Luminescent Creatures』(hermine)

ボノボが参加した近作を一部紹介。
左から、アフリカ・エキスプレスの2025年作『Bahidorá』(World Circuit)、クリス・レイクの2025年作『Chemistry』(Black Book)、ロンドン・グラマーの2023年作『The Remixes』(Ministry Of Sound)

 

25周年の節目に改めて聴き返したいボノボのディスコグラフィー!

BONOBO 『Animal Magic』 Tru Thoughts(2000)

前年のコンピ提供曲“Terrapin”も含む記念すべきファースト・アルバム。DJシャドウ以降の音作りをソフトなダブ感覚で追求した印象で、アブストラクト〜ダウンテンポやフューチャー・ジャズなど当時は未分化だった多様な文脈で評価された。

 

BONOBO 『One Offs... Remixes & B Sides』 Tru Thoughts(2002)

トゥルー・ソーツへの置き土産となった編集盤。“Scuba”などの最初期EP曲やB面曲をはじめ、ボノボがリミックスしたアモン・トビンやジョン・ケネディらのトラックに加え、そのジョンやクァンティックによるボノボ曲のリミックスも収録。

 

BONOBO 『Dial ‘M’ For Monkey』 Ninja Tune(2003)

ニンジャ・チューンに移籍してのセカンド・アルバム。基本は初作を踏襲しつつ全体的に生音の軽快さを増し、アンディ・ロスのフルートを交えた“Pick Up”などはラウンジーな印象もある。ライヴ・メンバーのサックス奏者であるベン・クックも参加。

 

BONOBO 『Days To Come』 Ninja Tune(2006)

〈Solid Steel〉シリーズのDJミックス『It Came From The Sea』を間に挿み、大きな変化を印した3作目。初のヴォーカルにドイツのバイカ、ニンジャ仲間のフィンクという2組を迎え、ストリングスの導入もあってよりオーガニックな聴き心地へ。

 

BONOBO 『Black Sands』 Ninja Tune(2010)

シングルの“The Keeper”など3曲でアンドレヤ・トリアナをフィーチャーし、前作の路線に品のあるソウル風味を加えた人気作。サンプル主体から自身の楽器演奏を増やし、新作にも参加したジャック・ベイカー(ドラムス)らも要所で招いている。

 

BONOBO 『LateNightTales: Bonobo』 LateNightTales(2013)

人気の夜聴きミックス・シリーズに残した一枚。クルアンビンやニーナ・シモン、シュローモ、ラパラックスらボノボ本人の作風にもトーンの通じる選曲が興味深い。自身のエクスクルーシヴ音源としてドノヴァンのカヴァー“Get Thy Bearings”も収録。

 

BONOBO 『The North Borders』 Ninja Tune(2013)

『Black Sands』のツアーをフル・バンドで行ったのに続き、そのモードをさらに推進。エリカ・バドゥとのコラボ“Heaven For The Sinner”のほか、ジャーディーンの歌う“Transits”も素晴らしい。初の総合チャート入りとなる全英29位を記録した。

 

BONOBO 『The North Border Tour: Live』 Ninja Tune(2014)

ストリングスやホーン隊も加えた理想の形態で世界を巡ったツアーでのパフォーマンスを収めたライヴ盤。各公演から厳選されたテイクをミックス、リマスタリングする形で構成されたこだわりの内容で、スタジオ音源とは別の昂揚が押し寄せる。

 

BONOBO 『Migration』 Ninja Tune(2017)

新作にまで直結するスタイルへと到達し、全英5位を筆頭に各国でヒットした記念碑的な大作。アフロな“Bambro Koyo Ganda”を筆頭に躍動感のあるトラックが増え、ライやニック・マーフィーのほか、ニコール・ミグリスもここで初参加。

 

BONOBO 『fabric presents Bonob』 fabric(2019)

ファブリックが新たに立ち上げたミックス・シリーズの第1弾作品として登場。当然ながら『Migration』以降のダンス・ミュージック的な側面にフォーカスし、自身の新曲や未発表曲もふんだんに盛り込みつつ流れのあるDJセットが展開されている。

 

BONOBO 『Fragments』 Ninja Tune(2022)

移動が制限されるパンデミック状況下で創作したことから、過去最高に明快なフロア寄りのダンス・トラック集となった最高傑作。緩急自在な流れにジョージやジョーダン・ラカイ、ジャミーラ・ウッズらを配した構成もエモーショナルだ。

 

BONOBO 『LAZARUS ラザロ オリジナル・シリーズ・サウンドトラック』 Milan/ソニー(2025)

フローティング・ポインツとカマシ・ワシントンも手掛けて話題となった、渡辺信一郎の監督作「LAZARUS ラザロ」のサントラ。ジェイコブ・ラスクとの“Dark Will Fall”のほか、ニコール・ミグリスとの“Beyond The Sky”にも注目したい。