英ブライトン出身、現在は米LAを拠点にするエレクトロニックミュージックのプロデューサー、ボノボ。彼のひさびさの新作『Fragments』は、ジャンルもルーツも異なる6名ものアーティストがフィーチャーされた作品だ。ダンスレコードとして仕上げられながらもヒップホップやR&Bなども取り込んだ感度の高さ、多彩さ、ポップさは、多くの聴き手に開かれている。そこで今回は、TURN編集部のスタッフでライターの高久大輝に、ゲスト音楽家とのコラボレーションを中心に本作の魅力を解説してもらった。 *Mikiki編集部
光が奪われた悪夢、その傍らで作られたダンスレコード
分泌されすぎたアドレナリンで目をギラつかせた男たちが何かを叫んでいる。2021年1月6日、暴徒で溢れ返るホワイトハウスを、カメラは鮮明に捉えていた。それは、COVID-19の拡大による隔離とエコーチェンバー化されたSNS、ウェブに張り巡らされたアルゴリズムの結晶であり、人が作り上げたシステムの欠陥によって人類自らの光が奪われた瞬間であった。
想像を超えた悪夢の傍らで、本作『Fragments』の制作は進められた。ボノボ。そう名乗るミュージシャン/DJ/プロデューサーは、2000年代初頭にダウンテンポと呼ばれる、余裕を感じさせるチルなエレクトロニックミュージックと共に現れた。そして、ボノボはそのジャンルを徐々にダンスフロアへと融和させることで現在のスタイルを形作っていった。『Fragments』は、そんな彼による約5年振りの新作である。
「自分がどれほど、満杯のオーディエンスとその律動、互いにつながっている人々が大好きだったか、何度も思いだした」。
プレスリリースに載る彼のコメントは、驚くことに本作がダンスレコードとして完成したことを示唆していた。多くのDJ兼プロデューサーがそうしていたように、ダンスフロアから得たインスピレーションをスタジオに持ち帰り制作へとフィードバックするという有機的なループに支えられていた彼の音楽は、それを失い、まるであの日の暴徒のように独善的に鳴ってしまうのだろうか。
キャリアの中で最も充実したコラボを実現
控えめな冒頭の“Polyghost”からボノボの意図は明確だ。深いベースの上、耳を柔らかく突くストリングスの音色。同曲にクレジットされている弦楽器奏者/アレンジャーであるミゲル・アトウッド・ファーガソン(Miguel Atwood-Ferguson)の手によって生み出された音をボノボは巧みに配置してみせる。ミゲルはレイ・チャールズ、ドクター・ドレー、フライング・ロータスやメアリー・J.ブライジなど数えきれないほどのミュージシャンの録音に関わっており、最近ではマシュー・リアム・ニコルソン(Matthew Liam Nicholson)と組み40分近くに及ぶアンビエント/ドローンを発表するなど自身の活動も精力的に行っているLAの重要人物だ。
ここで結論を急いでしまえば、彼はダンスフロアとの交信が途絶えてもなお、自らの音楽に他者を介在させ続けた。そう、彼はその長いキャリア、決して少なくないディスコグラフィーの中で最も充実したコラボレーションを本作で実現したのである。
『Fragments』が本格的にダンスレコードとして駆動し始める2曲目“Shadows”でもロンドン在住のシンガーソングライター、ジョーダン・ラカイ(Jordan Rakei)の歌声をフィーチャー。昨年スタジオアルバムとしては初となるバンドとの共同作業を経験し『What We Call Life』を発表したラカイにとっては、もしかするとボノボとの共作はその延長線上にあったのかもしれない。“Shadows”では、不穏な雰囲気を醸し出すビートにラカイのソウルフルなボーカルが乗り、じんわりと温まるような実にボノボらしいグルーヴが生まれている。
そしてアルバムはハウストラック“Rosewood”でそのうねりを増幅させ、ひとつ目のハイライトへと向かっていく。4曲目の“Otomo”で、まさにクラブのピークタイムに現れるような高揚感に満ちたダンスフロアを再現するように、ボノボは聴き手を高みへと導く。ちなみにここにも他者の存在がある。2019年のデビュー作『Aletheia』で複雑なテクスチャーを軽やかに提示し高い評価を受けたニンジャ・チューンの気鋭プロデューサー、オフリン(O’Flynn)だ。彼の貢献とともにブルガリアン・クワイア〈100 Kaba Gaidi〉の歌声のサンプルと強烈なベースを組み合わせ、ボノボは“Otomo”をダイナミックなアンセムに仕上げている。
ふたつ目のハイライトは、その直後の“Tides”である。フィーチャーされているのはシカゴ在住のシンガー/ラッパー/詩人、ジャミーラ・ウッズ(Jamila Woods)。チャンス・ザ・ラッパーやノーネームといったシカゴ人脈とともに作り上げたファースト『HEAVN』(2016年)で注目を集め、黒人女性という自らのアイデンティティーを音楽と文学を繋いで押し拡げたセカンド『LEGACY! LEGACY!』(2019年)も記憶に新しい。彼女の歌声が、本作から幾度となく聴こえるララ・ソモギ(Lara Somogyi)によるハープのサンプルのループと絡み合い、心を激しく揺さぶる。届くのは、現在の暗く密閉された世界を切り取ったかのような素晴らしいリリックだ。
感じることもできない
失敗することもできない
どうやって癒されればいいのか
どうやって適合すればいいのか