怒涛の勢いでロックの頂点に登り詰めつつあるアイルランドの若きヒーローたちがニュー・アルバムを完成!!
思考や精神さえも自動化していく世界を映した『Dopamine Chamber』が示す未来は破滅か? 再生か?
エレクトロニックな意匠
アイルランドの首都ダブリンで2014年に結成されたフォンテインズD.C.は、いまロック・シーンの頂点に登ろうとしているバンドだ。メンバーはグリアン・チャッテン(ヴォーカル)、カルロス・オコンネル(ギター)、コナー・カーリー(ギター)、コナー・ディーガン(ベース)、トム・コール(ドラムス)の5人。2019年の『Dogrel』を皮切りに4作のアルバムを発表しており、レーベルをパルチザンからXLに移籍して発表した2024年の前作『Romance』は、2作連続の首位は逃したものの、セールスは大幅に増加し、グラミー賞の最優秀ロック・アルバムにもノミネートされた。
2025年7月には、ロンドンのフィンズべリー・パークでの45,000人キャパのライヴをソールドアウト。今年に入ると、レディング/リーズ・フェスティヴァルでヘッドライナーを務め、ウェールズのフットボール・クラブ、クンブラン・セルティックとモグワイがコラボしたユニフォームに身を包んでステージに立つグリアンは、今夏のアイコニックな存在となった。さらに2027年には、1月の来日公演を経て、のべ16万人規模となるアイルランドのスレイン・キャッスルでの2デイズ公演を6月に控えている。
ハイペースにリリースを重ねてきた彼らだが、このたび発表された5作目となるニュー・アルバム『Dopamine Chamber』は前作から約2年ぶり。とはいえ、昨年の初秋にツアーを終えてから、ほとんど休まずに制作に突入したというから、相変わらずバンドの創造的な意欲は漲っていたのだろう。
前作と同様にジェイムズ・フォードをプロデュースに招きつつ、今回はビョークやデペッシュ・モードの作品などで知られるマルタ・サローニがエンジニアリングと追加プログラミングで参加。エレクトロニック・ミュージックに造詣の深い2人を迎えた意図は、作品の序盤を聴くだけで明白だ。ネイション・オブ・ランゲージを思わせる艶やかなエレクトロ・ポップ“Six Shot Morning”で幕を開ける『Dopamine Chamber』は、その後も『Disintegration』期のキュアーと似たムードのゴシックなスロウ“Marianne”、バンド史上もっともダンサブルなニューウェイヴ・ディスコ“Mimesis”と、シンセや打ち込みのビートを前に出した楽曲が続く。さらに、終盤に鳴らされるノイズが強烈な“Happy For You”、インダストリアルな音の質感とダビーなベースラインが耳に残る先行シングル“Tongue”なども加えたアルバムの前半は、マシーナリーな世界を構築している。
だが、後半が進むにつれて、エレクトロニックな意匠が薄くなり、そのぶんアコースティック・ギターや、弦楽四重奏のエリジアン・コレクティヴが演奏を担った室内楽的なストリングスを中心にした音作りを強めていく。シネマティックなバラードの“One Man”、グリアンのソロ・アルバム『Chaos For The Fly』に通じるチェンバー・ポップ“You Miss Me”、ドリーミーなシンセが落ち着いたムードを醸し出す“Japan”などが並ぶなか、先行曲として発表されたときから話題を集めたのが“Where Is Gone?”だ。フォンテインズD.C.が初めてゲスト・ヴォーカリストを迎えた同曲で、グリアンとデュエットしたのは、なんとスペインの人気シンガー、ロザリア。自身が歌い手として招かれたハインズやランカムの楽曲でも、野太い声と女声との好相性を示してきたグリアンは、ロザリアの深い陰影を湛えた官能的な歌声と共に、メロドラマティックな男女の情景を描き出す。その優美な佇まいは、彼が以前から愛を公言してきたリー・ヘイゼルウッドやエンニオ・モリコーネにも通じるものだ。
親密さ、それだけが本物
前半と後半で音の表情を変えていく本作だが、グリアン自身が〈半分機械で半分人間〉と表現するように、電子音とオーガニックな音は重層的に絡み合っている。そして、歌詞が見つめるのは一貫して、現実の不安や恐怖を消すために、一時の快楽に溺れ、やがてその欲望から逃れられなくなった人間の姿だ。命が尽きたあとでもインターネットや仮想空間のなかにペルソナが残る恐怖を歌った“Six Shot Morning”、意思とは関係なしに他人のデバイスに自分が映ることへの倦怠感を切り取る“Mimesis”、〈舌先で君の人生を破滅させられる〉とドラッグをメタファーに興奮を求める状態を映した“Tongue”などの描写は、現代に生きるリスナーにとって、極めてリアルなものだろう。また、“Japan”では、ドライなはずだった関係に嫉妬や執着など本物の感情が入り込んだことで、その均衡が崩れていく。ゆえに、本作が描く〈ドーパミン〉とは、スマートフォンやドラッグに限った話ではなく、恋愛や旅行など、人が現実から一時的に逃れるために求めるさまざまな刺激を指している。そのうえで、バンドは人間の弱さを断罪するのではない。グリアンが制作時の感情として〈思いやり〉を挙げていたように、本作は、なぜ人が逃げざるをえないのかを思索したのだ。
夢中夢のごときサイケデリアを湛えた最終曲“Intimate”では、世界の滅びゆく様が〈美しい結末〉として描かれる。だが、そのラスト・ヴァースに歌われるのは〈親密さ、それだけが本物〉という言葉だ。終末的な風景のなかに、人と人が思い合うことの価値を示す一言を残し、このアルバムは静かな余韻に沈んでいく。
思えば、レディングでグリアンが着ていたクンブラン・セルティックのユニフォームは、売上の一部が地域のライヴハウスを支援する慈善団体〈ミュージック・ヴェニュー・トラスト〉に寄付されるものだった。つまり、規模が巨大化していくなかでも、自分たちを育てた小さな文化やコミュニティを大切にする意識は変わっていない。『Dopamine Chamber』においてフォンテインズD.C.は、人間らしさが変容していく世界を直視しつつ、そこで守るべきものを問うたのだ。
左から、ジェイムズ・エリス・フォードの2026年作『Lost In Another World』(Domino)ロザリアの2026年作『LUX』(Columbia)
フォンテインズD.C.の参加作を一部紹介。
左から、スロウタイの2023年作『UGLY』(Method/Interscope)、2023年のコンピ『The Endless Coloured Ways: The Songs Of Nick Drake』(Chrysalis)、2026年のコンピ『HELP(2)』(War Child)
フォンテインズD.C.とメンバーの刺激に満ちたディスコグラフィー
ここではフォンテインズD.C.のメンバーによる課外活動を紹介しよう。グリアン・チャッテンは、ケイ・テンペストやレフトフィールド、ハインズなど客演が目立ち、彼が招かれたニーキャップの『Fine Art』収録曲“Better Way To Live”にはドラマーのトム・コールも参加。2023年には大森日向子らを迎えたソロ作『Chaos For The Fly』を発表し、室内楽やラウンジへの志向を打ち出していた。一方、ギタリストのカルロス・オコンネルは、元パーマ・ヴァイオレッツのチリ・ジェッソン率いるデッド・ダッズ・クラブの『Dead Dads Club』をプロデュースするなど、裏方での活躍が増えている。また、Netflix映画「ピーキー・ブラインダーズ:不滅の男」のサントラにはグリアン、カルロス、トムが3人とも参加。カルロスが手掛けた劇伴、グリアンが歌唱に加わったランカムの“Hunting The Wren”など注目すべきポイントの多い逸品だ。
左から、グリアン・チャッテンの2023年作『Chaos For The Fly』(Partisan)、ニーキャップの2024年作『Fine Art』(Heavenly)、デッド・ダッズ・クラブの2026年作『Dead Dads Club』(Fiction)、2026年のサントラ『Peaky Blinders: The Immortal Man』(RCA)
サイケなガレージ“Too Real”、ビートが弾む“Boys In The Better Land”など先行曲が、当時のポスト・パンク勢と並んで注目されるなか登場した1作目。ケルアックやジョイスら〈詩〉への愛で繋がったバンドならではの、再開発の進むダブリンとそこからの逃避願望を描いた歌詞も鮮烈だった。アイルランドで4位、UKでは9位を記録。
前作に続きダン・キャリーがプロデュースを担い、約1年の短いスパンで届いた2作目は、アイルランドとUKで共に2位をマーク。急激な成功や過酷なツアーによる心身の疲弊を反映したパラノイアックでダウナーなムードが貫かれており、なかでも“Televised Mind”や“Living In America”のバッド・トリップ感は背筋が震えるほどだ。
ロンドンに拠点を移したことで、改めて自身のルーツ=アイルランドへの洞察を深めた3作目。母国とUKの双方で首位に輝いた、初期の到達点と言うべき一枚で、ブリストル・サウンドを彷彿とさせる不穏な表題曲、エコー&ザ・バニーメン的なサイケ感が甘い“Roman Holiday”など幅を広げた音楽性には、演奏面での成長も見える。
XLに移籍、ジェイムズ・フォードが制作と、新章を告げた4作目はアイルランドとUKで初登場2位。どぎつい色味のスタイリングが象徴していたように、コーンに影響を受けた“Starburster”、グランジ調の“Here’s The Thing”など、音の面でも未来的で刹那的な側面を強めた。ネオアコ的な“Favourite”で幕を閉じる聴後感が甘酸っぱい。




