©Theo Cottle

アイルランド発、行き場なき憤怒や底無しの虚無を陶酔へと昇華させてきた詩人たちがいま綴るのはロマンスや愛――鮮やかに遂げられたメタモルフォーゼ、その真意に迫る!

 2017年にアイルランドのダブリンで結成された5人組バンド、フォンテインズDC。彼らの歩みを振り返ると、いまどきではない方法でスターダムに登りつめたのがわかる。ヴァイラル・ヒットによって知名度を飛躍的に上げたわけでもなければ、大手レーベルのゴリ押しで世に広まったわけでもない。シングルのセルフリリースから始まり、そこから地道にライヴ活動を重ね、2018年11月には独立系レーベルのパルチザンと契約。自費で詩集を2冊も出版するほど言葉という表現に取りつかれた文学青年である5人は、それなりの下積み期間を経ている。

 パルチザンと契約してからも、バンドは華々しい存在ではなかった。2019年のファースト・アルバム『Dogrel』は、労働者階級の怒りと嘆きが滲むポスト・パンク作品として多くの批評家から称賛された。しかし、商業的には全英アルバム・チャート9位が最高で、大ヒットというほどの成果ではない。このとき5人が起こしたセンセーションは、インディー・シーンにとどまる規模だった。

 だが、その状況はセカンド・アルバム『A Hero’s Death』を2020年に発表して以降、大きく変わる。第63回グラミー賞の最優秀ロック・アルバムにノミネートされた同作は、全英アルバム・チャートでテイラー・スウィフトの『Folklore』と1位を争った。最終的には僅差で2位となったものの、アイルランドの若者が世界的スターに挑むという構図は大きな話題を集めた。

 そして、2022年の3作目『Skinty Fia』ではしっかりと全英アルバム・チャート1位を獲得。プライマル・スクリームの『XTRMNTR』に触発されたというこのアルバムのサウンドは、エレクトロニック・ミュージックの要素を取り入れるなど、5人の音楽性を広げる挑戦的なものだった。

FONTAINES D.C. 『Romance』 XL/BEAT(2024)

 XLに移籍してリリースされた今回のニュー・アルバム『Romance』を聴き、まず印象に残ったのは彼らの攻めた姿勢だった。〈ライヴでやれないことはやらない〉としていた過去3作のルールを破り、過去作以上に手の込んだアレンジやブロダクションが前面に出ている。ヴェルヴェット・アンダーグラウンド“Venus In Furs”をダークなインダストリアルに変換したような“Romance”、複層的コーラス・ワークとシンセ・サウンドがドリーミーなシューゲイザーを構築している“Desire”などでは、ギター/ベース/ドラムスというステレオタイプなロック・バンドのフォーマットを脱ぎ捨てる複雑な音作りが目立つ。ジェシー・ウェアやアークティック・モンキーズなど多くの作品を手掛けてきたジェイムズ・フォードをプロデューサーに迎えた本作で5人は、音のパレットを増やそうと勤しみ、そのことを楽しんでいる。

 この楽しむ姿勢は歌詞にも顕著だ。これまでの作品で目立っていた怒りや嘆きは薄れ、愛や喜びという情動の割合が増えている。崩壊する世界の中で愛することを歌った終末論的視座が印象的な“In The Modern World”、アイルランドへの想いを綴ったように聴こえる“Favourite”など、随所で愛の眼差しが光る。そういう側面をふまえれば、〈愛のアルバム〉と評せる内容だ。とはいえ本作は、愛の持つ楽しさだけを表現した作品ではない。明るさと暗さを行き来しながら、感情の機微を上手く描いている。さまざまな考察を呼び寄せる難解な言い回しや言葉選びという過去作の歌詞で見られた特徴は後退し、平易な言葉で感情を直接的に表現したフレーズが耳に残る。

 本作は、5人をスターに押し上げた魅力や要素に安住せず、嗜好の変化を受け入れたうえで新しい段階に行こうとする野心的なアルバムだ。文学や音楽以上に、「サンセット大通り」「ベルリン・天使の詩」「カウボーイビバップ」「AKIRA」といった映像作品がインスピレーション源になったのも、表現の幅を広げたいという意欲の表れだろう。もはや5人は、特定のスタイルにこだわるポスト・パンク・バンドではない。あらゆることに挑める〈ポップ〉の最前線に立つバンドへと変貌したのだ。

フォンテインズDCとメンバーの過去作。
左から、2019年作『Dogrel』、2020年作『A Hero's Death』、2022年作『Skinty Fia』、グリアン・チャッテンの2023年作『Chaos For The Fly』(すべてPartisan)

ジェイムズ・フォードの近年の参加作を一部紹介。
左から、ベス・ギボンズの2024年作『Lives Outgrown』(Domino)、ペット・ショップ・ボーイズの2024年作『Nonetheless』(x2/Parlophone)、ラスト・ディナー・パーティーの2024年作『Prelude To Ecstasy』(Island)