【ノスタルジー】懐かしい過去に思いを馳せるといっても、それは必ずしも快いものとは限らない。エンジェル・オルセン『Big Time』には両親の死という出来事が映され、そのパティ・ペイジ譲りの美しく壮麗なカントリー的意匠にはどこか切実さがあった。片やワイズ・ブラッドは自身のオブセッションとしてのノスタルジーをさらに追求し、極めて洗練された未来志向のノスタルジーとでもいうべき傑作を作り上げた。そこで歌われるのが現代への危機感と未来へのささやかな希望というのも興味深い。

【ベッドルーム】ベッドルームを中心に何かをするということが当たり前になった昨今、元祖ベッドルーム・ポッパーとも言えるトロ・イ・モワの作品は持ち前のドリーミーなサウンドにアーバンなR&Bとサイケの風味を染み込ませた、熟達の仕上がりであった。デイ・ウェイヴ『Pastlife』はより正統派な文系青年ベッドルーム・ポップという仕上がりで、そのセピアトーンでどこか切ないサウンドからは、このジャンルの持つ魅力を最大限に感じられた。

TORO Y MOI 『MAHAL』 Dead Oceans/BIG NOTHING(2022)

【成熟】パキッと明瞭なサウンドを手にしつつ、それが持ち前の甘酸っぱさをさらに推進させたユミ・ゾウマのアルバムは、成熟しつつもなおキラキラとしていた。ホイットニーは彼らのシグニチャーとも言えるウォームな音像から一歩踏み出し、よりレンジの広い現代性を備えた作品をリリース。そんななかでヤー・ヤー・ヤーズの久しぶりの新作は年月を経て得られた成熟と、いまだにティーンエイジャーのような無邪気さが同居しており、成熟しても別に何かを喪失する必要はないことを証明した。

【ポスト・パンク】まずは何よりフォンテインズDCだ。無機質なサウンドを土台にしつつ、常に涙が滲んでくるような抒情性が大きな魅力の彼ら。セカンド・アルバムではよりUKロック的な方向性を強めつつも、アイルランド人としてのアイデンティティーも強く感じさせた。またワーキング・メンズ・クラブはミニマルなシークエンスを通じて、冷たい鉄のような感触と退廃的なペシミズムという美学の魅力を再提示し、ポリッジ・レディオはチャーリーXCXやデフトーンズなどからも影響を受けた、一面的なジャンル分けを拒否する多様性というポスト・パンクの原義に忠実な作品をリリースした。

FONTAINES D.C. 『Skinty Fia』 Partisan/BIG NOTHING(2022)

【ダイバーシティ】クィア・アイコンでもあるムナはマイノリティの立場で生きていく切実なテーマを歌いつつも、人生に存在する煌めくような瞬間を捉えて、素晴らしく爽やかなポップ・アルバムを作り上げた。新たなギター・アイコンと言えるニルファー・ヤンヤはレディオヘッド、スティーヴ・ライヒ、ジェフ・バックリーなどの影響を感じさせつつ、隙間を活かした明晰なプロダクションがさまざまな要素をそれぞれ異化させ、まるで明晰な夢を見せるような特異かつ素晴らしい作品をリリースした。

 


【著者紹介】岸啓介
音楽系出版社で勤務したのちに、レーベル勤務などを経て、現在はライター/編集者としても活動中。座右の銘は〈I would prefer not to〉。