Don’t Look Down! いつだって人生はこれからだ!
ジョン・レノンの名曲が心に響く! ドン・ウォズもカメオ出演!

(C)2015 Danny Collins Productions LLC

 

 知る人ぞ知る英国のフォーク系シンガー・ソングライターのスティーヴ・ティルストンに、生前、ジョン・レノンが送っていた手紙が34年ぶりに届けられた…。5年前に伝えられたそんなニュースを覚えている方も少なくないだろう。

 1971年、ジョン・レノンの影響を受けて活動を開始していたティルストンは、成功することによって失われるものへの畏怖をデビュー当時の雑誌インタヴューで語っていた。当時、その記事を読んだレノンは、将来への不安を口にするそんな“後輩”を励ますべく直筆の手紙を自宅の電話番号を添えて書いたのだという。冨を得ても心で感じるものは変わらないから裕福になることを恐れるな、と。だが、何らかの手違いでその手紙がティルストンに届けられることはなかった。結局、レノンの死後、手紙は競売にかけられた挙げ句にコレクターの手に渡り、ようやく宛名であるティルストン本人が読むこととなったのは2000年代半ばのこと。当時この手紙を読んでいたら私の人生はどうなっていただろうか…。今なお第一線で活動するティルストンは溜め息混じりにその手紙に目を落としたという。

 そんな実話をモチーフに制作されたのが映画『Dear ダニー 君へのうた』である。主役のダニー・コリンズは今も往年のヒット曲を引っさげたツアーを繰り返すベテラン人気歌手。ライヴをやれば盛況になるし若い恋人もいるが、新曲をもう何年も作っていないこともありロートル歌手としての人生にどこか空虚さを感じている、という設定だ。デビュー当時のダニーのインタヴュー記事を読んで書かれたというジョン・レノンからの励ましの手紙が見つかり、ダニーはそれによって自身の人生を見直す決意をする…という物語。そのやさぐれた初老のロッカー、ダニー役をアル・パチーノが熱演。また、ダニーが息子とその一家に会いに行く過程で滞在するホテルの女性オーナー役をアネット・ベニングが、ダニーのマネージャーであり親友役をクリストファー・プラマーがそれぞれ好演するなどベテラン勢の存在感が光る作品となっている。

 パチーノのウィットに溢れた会話やコミカルなかけあいが全編を通して明るいトーンを放ってはいるものの、基本は、不器用な男がさまざまな葛藤、失敗を経て家族や仲間と徐々に心を通わせていくというシンプルな構成が軸だ。レノンからの手紙を入れた額縁が小道具として効果的に用いられる細やかな演出はなかなか粋だし、多機能障害、血液癌といった病気との戦いの場面が劇中に多く取り入れられているあたりは、これが監督デビュー作となるダン・フォーゲルマンの現代に生きる者たちへのメッセージのようでもある。

 だが、やはり注目したいのは、劇中で場面に応じてジョン・レノンの曲が効果的に使用されていることだろう。ダニーが息子のトムと顔を合わせるシーンでは実際にレノンがショーンのために書いた《ビューティフル・ボーイ》が、30年ぶりの新曲を書く決意をして苦悶するような場面では《ラヴ》が流れる。それはまるで息子一家のために、そして自分のために、ひたむきに行動するダニーをレノンが天国から暖かく見守り励ましているかのようだ。この作品を気に入ったというレノン財団が劇中で使用することを快諾したことにより、数十年遅れで届いたレノンからの手紙によって一人の男の人生が変わるというエピソードが、本作をよりリアルで意味のあるものにしているのは間違いない。

(C)2015 Danny Collins Productions LLC

 

 また、パチーノがピアノを前にして作曲したり、ハンドマイク片手にステージで歌うシーンも見所だし、音楽ファンにはこの作品で音楽製作を担当するプロデューサーのドン・ウォズがダニーのバック・バンドの一員としてチラリと出演している点にも注目したいところ。30年ぶりにダニーが作った新曲という設定の《ドント・ルック・ダウン》が、そのドン・ウォズと、今年のフジロック・フェスティバルにも出演したシンガー・ソングライターのライアン・アダムスによる共作曲というのも大きなトピックだ。また、ジプシー音楽などの要素を取り入れたハイブリッドな曲を得意とするザック・コンドンによるユニット、ベイルートの曲が劇中で流れるのに気づく人もいるかもしれない。

 そして、エンドロール部分では、実際にレノンからの手紙を遅れて受け取ったスティーヴ・ティルストンの証言も流れる。それはあまりにも残酷であり哀しくもあり重厚な発言だ。今となってはもう遅い。あの時この手紙を受け取っていたら…。だが、落ち着いた口調で穏やかに運命の機微を語るティルストンの表情からは、まさしく「ドント・ルック・ダウン」(目を伏せないで)、さらには「ここから人生を変えていくのだ」という未来に向けられた本作のテーマが浮かび上がってくる。振り返らず前を見て歩みを進めることの豊かさを、75歳のアル・パチーノと、生きていたら同じ75歳を数えているジョン・レノンがこの作品で伝えているのである。

 

Dear ダニー 君へのうた
ジョン・レノンからの手紙が、人生を再び輝かせる――ジョンの数々の名曲が彩る、実話から生まれた感動作!

オノ・ヨーコ 激賞!――「素晴らしい映画! A・パチーノが本当にロックスターに見えてくる」

監督・脚本:ダン・フォーゲルマン
音楽共同監修:ジュリアンヌ・ジョーダンジュリア・ミシェルズマット・サリヴァン 
音楽製作:ドン・ウォズ
出演:アル・パチーノ/アネット・ベニング/ボビー・カナベイルジェニファー・ガーナー/クリストファー・プラマー/カタリーナ・キャスジゼル・アイゼンバーグメリッサ・ブノワジョシュ・ペック/他
◎9/5(土)角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー
配給:KADOKAWA(2015年 アメリカ 107分)
deardanny.jp