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躍動する肉体を通して己の精神を表現する強靭な〈ダンス・アルバム〉――ジャズをプログレッシヴに革新してきたカリスマが、豪華なゲスト陣を招聘した恐れ知らずの新作で見据える新たな地平とは?

強いリズムに包まれるような

 21世紀のもっとも重要なジャズ・サックス奏者のひとりであるカマシ・ワシントン。2018年の『Heaven And Earth』以降は、ミシェル・オバマの伝記映画「Becoming」のサントラや、ロバート・グラスパーやテラス・マーティンらとのディナー・パーティーで2枚のアルバムを手掛け、そして6年ぶりのニュー・アルバム『Fearless Movement』と共に帰ってきた。サンダーキャット、テラス・マーティン、ブランドン・コールマンら旧知の仲間に加え、アウトキャストのアンドレ3000、BJ・ザ・シカゴ・キッド、Dスモーク、コースト・コントラのタジとラス・オースティンなど、ヒップホップやR&B系アーティストの参加が目につく。そうしたなかで“Dream State”は、アンドレ3000がラップではなくフルートで参加した異色のアンビエント作品。

 「以前、彼のレコーディングに参加したことがあって、その時に彼が何か自分にできることがあれば言ってくれ、と声をかけてくれたんだ。具体的に何をしてもらうかはわからないまま数曲用意して、彼がスタジオに来た時、フルートを持ってきて吹きはじめたんだけど、その瞬間に用意した曲のことは忘れて、一から新しい曲を作ろうと思ったんだ。あの曲はフルートを使って即興で出来たものなんだよ」。

KAMASI WASHINGTON 『Fearless Movement』 Young/BEAT(2024)

 『Fearless Movement』をカマシ自身は「ダンス・アルバム」と呼ぶ。それは俗に言うダンス・ミュージックのアルバムではなく、人々の身体を動かすようなリズムを持つ音楽が詰まったアルバムという意味だ。

 「叔母がダンサーだから、僕は子どもの頃、彼女のダンス・スタジオによく行っていたんだ。その影響で、表現力豊かで即興的な動きと音楽の強い結び付きを身近に見てきた。だから、僕はずっと、もっと人々がそれにインスパイアされて身体を動かしたくなるような音楽を作りたいと思っていた。強いリズムに包まれるような、そんなサウンドを」。

 宇宙的なテーマと実存的な概念に基づく前作『Heaven And Earth』は、社会における理想と現実の差異を映し、人種差別問題や世の中の不平等なども投影していた。それに対して『Fearless Moment』は、日常的なものや日頃の生活にも焦点を当てている。そこには娘の誕生によって父親となったカマシの視点の変化がある。例えば“Asha The First”のメロディーは、娘が最初にピアノをおもちゃのように遊びながら弾いていたときに書かれたものだ。

 「世界全体を見る視点が変わったんだ。彼女の視点から世界を見て、物事を考えるようになった。父親になり、大切な存在が出来たことで、僕を奥へ奥へと導き、自分を見つめ直させてくれた」。

 日常的な風景の一方、盟友のブランドン・コールマンが作曲した“Interstellar Peace”は宇宙をイメージした作品。

 「二人とも宇宙やSFが大好きで、それについて彼とはよく話すんだ。星間の安らぎや平穏というのがこの曲のアイデアで、自分の住んでいる地域、都市や国、あるいは惑星を越えた普遍的なものを考えながら作ったのがこの曲なんだ」。