こちらの記事はintoxicate Vol.120(2/20発行号)に掲載されたものです。
ナナ・ヴァスコンセロス氏が2016年3月9日に永眠されました。心から哀悼の意を表します。
公演内容が変更となっております。詳しくは下記のLIVE INFORMATIONをご確認ください。
音楽の国ブラジルが敬愛する音楽家2人が描くランドスケープ
エグベルト・ジスモンチとナナ・ヴァスコンセロスがデュオで来日する。二人は、1976年にジスモンチのECMデビューを飾りドイツレコード賞始め多くの称賛を勝ち得たアルバム『輝く水』、8年後の84年に発表された『ふたつの声』と、デュオの名盤を残している。30年余の時を経て、どのような音楽の景色が彼らの前に広がっているのだろう。
僕がナナを初めて聴いた、あるいは観たのは、多分80年代に、ジャック・ディジョネット・スペシャルエディションに同伴して来日したときのことだ。同じくメンバーだったミック・グッドリックの空間性豊かなギターのフレーズもさることながら、舞台上の一角に自由にパーカッションを並べ、時にジャングルの住民が見通しの効かない密林の暗がりで仲間や動物たちと交信しているみたいな不思議な声で、先鋭的なアンサンブルに、有機性と言うか、まるでその音楽が太古から地球上にこだまとして響いていたかのような時空の超越を与えてしまっていた。どうして人の声があんなにも、音楽に体温だけでなく霊的な深遠さを付与することができるのだろうと驚愕したものだ。それは“歌唱”の持つコミュニケーション力、集団の共感を呼び覚ます能力とはどこかが決定的に違う、私たちが生まれる前から覚えていて畏怖する宇宙の波動につながっているみたいな“声”だ。
それと同様に、ジスモンチのギターやピアノにも原初的な衝動に直接訴えかけてくる旋律とハーモニーが溢れている。ナディア・ブーランジェという、西欧音楽の技能を体系的に完璧にマスターすることを要求したであろう師に学び、すべての洗練された技法と精緻な論理に通じていながら、まるでそれらは肉体が持つ記憶と錬金術に過ぎないのだと言わんばかりに、スピリチュアルで根源的な自身のルーツへと真っ直ぐ繋がることでしか創造されえない、躍動感と生命力に溢れた音の奔流を紡ぎだす。
ただし、その時その空間にほとばしり出てきているような無数の音粒の輝きも、本人にたずねると、「中世の吟遊詩人やルネッサンス期の楽人のように」自身の鍛錬と推敲を重ねて創り上げられたカデンツァのようなものなのだという。確かに、相当の修練を積まなければ彼のように自在に楽器を通して自らの声を表現できることはないのだとも思う。それにしても! ジスモンチもナナも、その音楽はたった今大地から湧きあがった魔法の泉のように新鮮でまばゆい色彩に満ち満ちている。月日を経て熟成された二人の音楽で、どんなランドスケープを、未知なる秘境を描き出してくれるのか、期待がとまらない。
LIVE INFORMATION
エグベルト・ジスモンチ
~ナナ・ヴァスコンセロス追悼コンサート~
○4/20(水)18:30開場/19:30開演
会場:練馬文化センター 大ホール(こぶしホール)
出演:エグベルト・ジスモンチ
www.shalala.co.jp/gnduo2016