photo by Juliana Castro

 

 “生まれつきの夢”。初来日が決定したビアンカ・ジスモンチが昨年発表したソロデビュー作のタイトルである(拙訳)。ブラジルを代表する作曲家にして類稀な演奏家、エグベルト・ジスモンチを父に持つ二世ミュージシャンが、いよいよソロ名義の作品を世に送り出そうというときに名付けるタイトルとしては、なかなかストレートに出自を示唆するものと思えた。ビアンカはこのアルバムで、全ての作曲・アレンジ・歌詞・ピアノ演奏と歌を手がけており、そこには父の盟友ナナ・ヴァスコンセロスまでが参加していたから、偉大なエグベルトとの比較があらゆる意味で避けられないタイミングだったはずだ。新人の音楽家にとってみれば、本来それはあまりに過酷で、できるかぎり退避したいことと捉えても不思議はない。けれどそのアルバムは、父の音楽的影響を隠すどころか、ジスモンチ・ファミリーへの音楽的・家族的な愛そのものに捧げられたようなアルバムであった。

BIANCA GISMONTI Sonhos De Nascimento Biscoito Fino(2013)

 ビアンカ・ジスモンチはリオ在住のピアニスト/シンガー/作曲家で、クラウヂア・カステロ・ブランコとのピアノ二重奏によるデュオ、ジスブランコ名義でのアルバムによって本格的なデビューを飾った(2008年)。2011年のジスブランコの2ndアルバムを挟み、昨年先述した初ソロ作をリリースする。クラシック音楽の出自をベースに、フレーヴォマラカトゥといったブラジル各地のリズムや旋律を消化したその作風は、まさにジスモンチ・イズム。それをエグベルト作品の宇宙と比べてしまえば、安易な理解を寄せ付けない崇高さ、楽曲のスケール感という面で及ぶべくもない(そもそも、そんな音楽家は他のどこにも現存しないのだ)。けれど彼女のピアノと歌の女性らしい温かさ、アタックが丸く柔和な響きには、父とはまた違った魅力がある。

 このアルバムは父に捧げた《Festa no Carmo》で幕を開け、実母や夫に捧げる曲、ジスブランコの相棒クラウヂアとその出産にインスパイアされたタイトル曲など、家族や身近な友人に因んだ楽曲が並ぶ。ひときわ感涙を誘うのが、育ての母に捧げた《Pequena Dú》。彼女の兄弟であり、エグベルトの2013年の来日公演にも帯同したアレシャンドリがギターで参加したバラーダだ。ビアンカの音楽にエグベルトの音楽が内在化されていることは明らかだが、そこにはアレシャンドリや夫でドラムスのジュリオ・ファラヴィーニャらの息吹も感じることができる。その母性的なイマジネーションこそは、神のように父性的なエグベルトが唯一手にすることのできなかったものなのかもしれない。

 

 


 

LIVE INFORMATION

ビアンカ・ジスモンチ・トリオ
Bianca Gismonti(P,vo)/Antonio Porto(b,vo)/Julio Falavigna(ds)

○6/29(日)17:00/20:00開演(2ステージ)
○6/30(月)18:30/21:00開演(2ステージ)
会場:コットンクラブ
www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/artists/bianca-gismonti/