内から外へと向かうPJハーヴェイ、その先にあるのは希望か絶望か

 四半世紀前のデビュー以来、孤高の道を歩み、挑戦と挑発の濃密なキャリアを築き上げてきたPJハーヴェイことポリー・ジーン・ハーヴェイ。このたび完成させた9枚目のニュー・アルバム『The Hope Six Demolition Project』は、その年を代表する名盤として手放しの絶賛を浴びた前作『Let England Shake』(2011年)と同様、議論を巻き起こすこと必至の一枚であり、時代に即した重いテーマへ果敢に取り組む彼女の、アーティストとしての存在意義をさらに強く認識させるに相違ない。

PJ HARVEY The Hope Six Demolition Project Island/HOSTESS(2016)

 いや、正確にはリリース前からすでに物議を醸していたのだが、まずは本作に至るまでの流れを整理してみよう。そもそも、それまでもっぱらパーソナルな題材を扱ってきたポリー・ジーンが、『Let England Shake』で向き合ったテーマはずばり〈戦争〉だった。2度の大戦についてリサーチを行なったり、紛争地に派兵された軍人から話を訊くなどした彼女は、英国の血なまぐさい歴史を振り返り、その延長上に21世紀のアフガニスタンやイラクの状況を臨むようにして、同アルバムを制作。著名なフォト・ジャーナリストのシェイマス・マーフィーが監督した全収録曲に対応する映像作品も話題を呼んで、一種のマルチメディア・プロジェクト的な様相も呈し、史上初となる2度目のマーキュリー・プライズに選ばれたことはご承知の通りだ。

 その後のポリー・ジーンは、シェイマスと共にアフガニスタンとコソボ各地、さらにはワシントンDCを旅して新たな曲のアイデアを集め、ローカルからグローバルへと視野を広げた、〈『Let England Shake』の続編〉と言えなくもない今作に着手。共同プロデュースも同じフラッドジョン・パリッシュが務めているが、少数精鋭で作った前作から一転、これまた常連のミック・ハーヴェイほか、多数の敏腕マルチ・インストゥルメンタリストたちを起用。管楽器を印象的に配しながら、よりラフなエッジと細やかなニュアンスを巧みに共存させたサウンドスケープを構築している。

 というのも、〈リアリズム〉こそが今回のひとつのキーワード。みずから見聞きした体験を淡々と綴った歌詞は、極めて視覚的で、現地の匂いやノイズや色彩までも鮮明に伝えてくれる。ユーゴスラヴィア崩壊~民族浄化の傷跡が生々しく残るコソボと、いまも混迷のなかにあるアフガニスタンにちなんだ曲では、引き続き戦争にフォーカス。〈残るのは階段と壁だけ/迫撃砲が開けた穴から外気が流れ込む〉と廃墟になった建物に世界の終わりを重ねる“The Ministry Of Defence”然り、住人のいない隣家の鍵を持ち歩く老婆を描いて〈彼女はいったい何を目撃したのか/訊ねても口を開こうとしない〉と歌った“Chain Of Keys”然り。そして、各地の紛争と直接/間接的に関わっているワシントンDCを舞台にした曲では、貧困問題などアメリカ自体を蝕む病について言及する。例えば、アルバムに先立ってお披露目された“The Community Of Hope”は、アップビートな曲調とは裏腹にホワイトハウスのお膝元の荒んだ風景を描写。何度も繰り返される〈Hope〉という言葉が怖いほど空虚に響く痛烈な一曲なのだが、早速地元の政治家などから抗議の声が上がり、メディアに広く報じられたものだ。

 歯に衣着せぬ曲がそんな強いリアクションを引き出したのも無理はないし、それもまた彼女の狙いのひとつだったのかもしれない。歴史と地理のふたつの軸から、人間の生命と尊厳を破壊する行為の連鎖を掘り下げて、過去の過ちから学ぼうとしない人類の愚かさをえぐり出すポリー・ジーンは、誰も逃れられないクエスチョンをここで投げ掛けているのだから。