現代最高峰のサックス・プレイヤー、ケニー・ギャレットの来日公演が8月23日(木)、24日(金)にブルーノート東京で、8月26日(金)、27日(土)に東京・丸の内コットンクラブでそれぞれ開催される。ジョン・コルトレーンの影響を汲んだスピリチュアルなプレイで知られ、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズを経て、最後期のマイルス・デイヴィスのバンドに在籍。今日のジャズ・シーンを彩る若き逸材たちのメンター的な存在でもあり、カマシ・ワシントンなど後進たちへの影響力も計り知れない。そして今回は、色彩豊かでダンサブルな2016年の最新作『Do Your Dance!』を引っ提げてのステージということもあり、いつにも増してグルーヴィーな演奏を堪能することができるはずだ。そこで、音楽ジャーナリストの原雅明氏に、ケニーの歩みを今日的な視点から振り返ってもらった。 *Mikiki編集部

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マイルスと地元コミュニティーが育んだ、次世代へと引き継ぐ意識

60年、デトロイト生まれのアルト・サックス奏者、ケニー・ギャレットは24歳の時にウディ・ショウのサポートでデビュー作『Introducing Kenny Garrett』(84年)をリリースし、その2年後にマイルス・デイヴィスに見込まれて、彼のライヴ・バンドに招かれる。以後、マイルスが死去するまでの約5年間そのバンドに在籍した。ケニーの他に、フォーリーことジョセフ・マクレアリーリッキー・ウェルマンらが在籍していたマイルス最後のバンドの演奏は、彼の死後にリリースされた『Live Around The World』(96年)で聴くことができるが、いまだ日の目を見ない録音が多々あると聞く。さらに、プリンスがマイルスと制作しようとしていた楽曲を、このバンドで演奏した記録も残されている。当時、マイルスはマーカス・ミラーとの制作の集大成と言えるアルバム『Amandra』(89年)をリリースし、次なる方向性として、ヒップホップへの接近、プリンスとの共作、そしてライヴ・バンドでの新たな試みを模索していた。そして、ケニーはそのいずれにも関与する重要なプレイヤーとなっていたのだ。

マイルス・デイヴィスのバンドに参加したケニーのソロ・パフォーマンス映像
 

マイルスの死を受けてバンドは消滅したが、その後のケニーはマイルスの不在を埋めるかのように多様な活動を繰り広げていった。もちろん、マイルスとはまったく個性は異なり、その表現方法もスタイルも違うのだが、ケニーの元には多くの有能なプレイヤーが集まり、育っていった。そのなかにはブライアン・ブレイドクリス・デイヴもいた。また、ミシェル・ンデゲオチェロQ・ティップらとも積極的に制作を行っている。若きカマシ・ワシントンやサンダーキャットらが熱心にリアルタイムのジャズとして聴いたのもケニーの音楽であり、世代を超えて引き継がれていくものを生んでもいる。

ブライアン・ブレイド、大西順子が参加した91年のライヴ映像
 
クリス・デイヴが参加した99年のライヴ映像
 

 

今日へ繋がる多くの種を撒いた、先進的なリーダー作を振り返る

ケニーの何がそこまで惹き付けるのか。それにはまず出身地のデトロイトという街を振り返る必要があるだろう。以前、同じデトロイト出身のドラマー、カリーム・リギンスに話を訊いた際、デトロイトのブラック・ジャズを代表するレーベル、トライブのトランペット奏者であるマーカス・ベルグレイヴが、教育者として地元のジャズ・コミュニティーでいかに重要な役割を果たしてきたかを知った。学校ではなく、ストリート・レヴェルでの教育に近いものだったとカリームは述べていたが、ケニーも彼のビッグバンドに参加して直接教えを受けた一人であり、次の世代へと引き継いでいく意識と自覚も芽生えた。

ケニーのアルト・サックスは、ダイナミズムと巧さが共存している。調性から外れたアウト・フレーズを巧みにコントロールできていると言い換えることもできるだろう。その意味で、カマシ・ワシントンのプレイは明らかにケニーの影響下にあると言える。マイルスのバンドに在籍していた当時にリリースしたソロ・アルバム『Garrett 5』(89年)や『African Exchange Student』(90年)でもその片鱗は感じられたが、コルトレーンに捧げた『Pursuance: The Music Of John Coltrane』(96年)や、カマシをして〈ドープ〉と言わしめた『Songbook』(97年)といった90年代中期のアルバムには、時代を超越するような骨太でダイナミックな響きを聴くことができる。 

また、Q・ティップと交流を持った90年代末に、クリス・デイヴをドラムに迎えて録音された『Simply Said』(99年)では、一変してスムースなフレージングのソロや自身のラップも聴かせ、マーカス・ミラーの参加などマイルスのその後を彷彿とさせるような展開も見せている。こうした柔軟性もケニーの魅力だろう。

97年作『Songbook』収録曲“Two Down And One Across”
 
99年作『Simply Said』収録曲“G.T.D.S.”
 

2000年代に入ってからも、クリス・デイヴを今度はハイブロウなジャズに向かわせた『Standard Of Language』(2003年)、ファラオ・サンダースが客演し、ヴォーカルも含めてスピリチュアルで重厚なサウンドを追求した『Beyond The Wall』(2006年)、同じくファラオをゲストに迎え、80年代マイルスへのオマージュとしてケニー自身がシンセサイザーも弾いているタイトル曲も含んだライヴ盤『Sketches Of MD』(2008年)など意欲作をリリースし続ける。また、『Sketches Of MD』以降はメジャー・レーベルを離れ、より自由な制作環境を得るためにデトロイトのマック・アヴェニューを活動拠点としてきた。そして、サンダーキャットの兄であるドラムスのロナルド・ブルーナーJrジャマイア・ウィリアムズ、ピアノのベニート・ゴンザレスなど頭角を表してきた新たなミュージシャンを次々とフィーチャーして、近年も次の世代へ重要な影響を与え続けている。

ファラオ・サンダース、ジャマイア・ウィリアムズ、ベニート・ゴンザレスが参加した2008年作『Sketches Of MD』収録曲“Happy People”
 

そんなケニー・ギャレットが今年リリースした最新作『Do Your Dance!』は、近年もっとも意欲的な作品であり、彼を追いかけてきた若い世代が現在やっているジャズからの影響も真摯に感じられる。アルバム・タイトルとジャケットのアートワークからも明らかなように、〈ダンス〉を意識した内容で、野外コンサートでハード・バップやカリプソで踊る年配の人々を目にしてインスパイアされたのがタイトル曲だという。ブラジル音楽やインド音楽などこれまでケニーが影響を受けてきた音楽(それらはマイルスのバンドで旅したさまざまな土地の記憶にも繋がっている)も織り込み、また久々にラップもフィーチャーして、タイムレスで尚かつフレッシュなサウンドを作り上げた。カマシ・ワシントンの『The Epic』と並べて聴かれるべきアルバムであり、これが2枚組のアナログ盤でもリリースされるのも納得の内容である。

2004年にリリースされたヤング・ジャズ・ジャイアンツ名義の唯一のアルバム『Young Jazz Giants』には、カマシ・ワシントン、ロナルド・ブルーナーJr、ステファン・ブルーナー(当時はまだサンダーキャットと名乗っていなかった)、キャメロン・グレイヴスのクァルテットに、テラス・マーティンがゲスト参加していた。BOREDOMSなどのライセンス・リリースもしていたカリフォルニアのレーベル、バードマンから発表されたこともあって、ジャズ・リスナーにこの作品が気付かれることはなかったが、いま聴くとまるでケニー・ギャレットへのオマージュのようだ。ケニーが蒔いた種はこの時すでに芽を出しはじめていた。そして現在、それはようやく実を結んだのだと言えるだろう。

 


ケニー・ギャレット来日公演
日時/会場:
2016年8月23日(木)、24日(金) ブルーノート東京
2016年8月26日(金)、27日(土) 東京・丸の内コットンクラブ
開場/開演:
〈8月23日(木)、24日(金)〉
・1stショウ:17:30/18:30
・2ndショウ:20:20/21:00
〈8月26日(金)〉
・1stショウ:17:00/18:30
・2ndショウ:20:00/21:00
〈8月27日(土)〉
・1stショウ:16:00/17:00
・2ndショウ:18:30/20:00
料金:自由席/8,000円
※指定席の料金は下記リンク先を参照
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