現在Netflixで配信されているミシェル・オバマのドキュメンタリー映画「マイ・ストーリー(原題:Becoming)」の音楽を、ジャズ・ミュージシャンのカマシ・ワシントンが担当した。これはカマシにとって初めての映画音楽なのだが、第63回グラミー賞〈最優秀スコア・サウンドトラック〉部門にノミネートされたことで、彼の映画音楽家としての才能にも注目が集まっている。そこで今回、カマシの映画音楽、そして〈映画とジャズ〉の関わりについて、その両者に詳しいピーター・バラカン氏に話を訊いた。

ミシェル・オバマの物語を引き立てるカマシ・ワシントンの音楽
――まず、映画「マイ・ストーリー」のご感想を教えてください。
「僕はミシェル・オバマという人に好意を抱いていて、もしかしたら夫のバラク・オバマ元米大統領以上に(笑)、ミシェルの価値観とか世界観に興味を持っているので、彼女の人柄が伝わる楽しい映画だなと感じましたね。彼女はすごく芯の強い人ですよね」
――強いけど柔軟でユーモアのセンスもあって、観た人はみんなミシェルのファンになってしまいそうな……。
「なるでしょうね」
――カマシ・ワシントンの音楽は、とても自然に映画の雰囲気に溶け込んでいましたね。
「映画音楽は変に目立つと映画の感覚とずれてしまうから、目立ちすぎずに映画を支えることが大事ですよね。(『マイ・ストーリー』の)サウンドトラックはグラミーにノミネートされていますけど、音楽作品として聴くと、カマシ・ワシントンのファンはちょっと物足りなく感じるかもしれません。一曲一曲が短いですし。でもサウンドトラックは、あくまでそういうものだと思うんです。
ところで、実は僕はアルバムを聴く前に、映画の楽曲を演奏しているライヴの映像を先に観たんですけど、これが実に素晴らしかった。LAフィルを含む大人数のメンバーで、しかもコロナなのでお客さんがいない会場(ハリウッド・ボウル)で収録した、1回限りのライヴ映像なんですね。
僕は今までのカマシの音楽は、ライヴよりレコードのほうが好きなんです。アルバムでは合唱隊を使ったりストリングズを使ったりして、編曲が素晴らしい。カマシの音楽は、きちっと構成された曲の中から、彼のサックスが天に飛び出していく、というところが好きなんです。それを〈スピリチュアル〉という言葉で表現するのが適切かどうかは、わからないけど。
でもライヴでは……僕は〈フジロック〉でもブルーノート東京でもステージを観たんですけど、お客さんを喜ばそうというか、盛り上げようとするあまり、まるでハード・ロックのライヴのように派手なパフォーマンスになるので、個人的にはちょっとしらけてしまう。その点、今回映像で観たライヴは、今まで僕が観たカマシのライヴの中でダントツによかった」
※ここでピーター・バラカンが紹介しているライブ映像の上映イベントが、2021年4月22日(木)に東京・ヒューマントラストシネマ渋谷で開催されることに決定。詳細は記事下部のインフォメーション欄にて
――それはぜひ観てみたいです! アルバムを聴いた限りだと、ストリングズの使い方とかは、フィラデルフィア・ソウルみたいな感じもしましたが。
「そうですね。どの曲もとてもわかりやすい、シンプルな作りですよね。いつものカマシの雰囲気で作っても、逆にうまくいかなかったんでしょうね。だから、(彼の作家性とは要求されているものが少し異なるにもかかわらず)よくこの仕事を受けたなあと思いましたが、おそらくカマシはミシェルのことを敬愛していて、彼女の作品に関われることを光栄だと感じたんでしょう」
――初めての映画音楽の仕事で、グラミーにノミネートされるのはさすがですね。映画を引き立てるための音楽もきちんと作れるという。
「どの映画音楽であっても、結局映画自体を引き立てるということが大事になりますよね。映画のサウンドトラックで主張の強いジャズが使われたことって、今までにありましたかね?
あ、オーネット・コールマンが音楽をやったドキュメンタリー映画(66年の映画『Who’s Crazy?』)があったね。僕ね、子どものときにテレビでその録音風景を撮影したフィルムを観たんです。そのとき初めてオーネットの音楽を知ったんだけど、ぐっと引き込まれるものがありました」
ピーター・バラカンが思う〈ジャズが印象的な映画〉
――ところで、ジャズがサウンドトラックに使われていて、印象に残っている映画は何ですか?
「このあいだ日本で4Kでのリヴァイヴァル上映があった『真夏の夜のジャズ』(59年)。あれはジャズ・フェスの記録映画ですから、〈サウンドトラックとして使われている〉というのとは少し違いますけど。
あと、僕が子どもの頃に観た『Blow-up』(67年)、日本の題は『欲望』でしたっけ。あれはハービー・ハンコックが音楽を担当していました。あの頃は彼の存在を意識していなかったんだけど、ロンドンを舞台にした映画で、僕が通っていた学校のすぐ近くが出てくるので、〈あー、ここ知ってる!〉ってなりました(笑)」

――あの作品はミケランジェロ・アントニオーニ監督でしたね。
「内容は、あまりジャズを意識した映画ではなかったですよね。でもハンコックの音楽を使ったという。あとは『バード』(88年)とか『ラウンド・ミッドナイト』(86年)とか、ジャズがテーマの映画かな」
――あと、フランス映画の……。
「あ、『死刑台のエレベーター』(58年)ね。あれはマイルズ・デイヴィスが映画のラッシュを観ながら即興で演奏したんですね。おそらく監督のルイ・マルが、もともとマイルズのサウンドをクールに感じていたんでしょうね。あれは久しく観ていないけど、また観たいですね。
あと、『恐怖のメロディ』(71年)。クリント・イーストウッドが初めて監督した作品で、深夜ラジオのDJの役で出演もしていましたね」
――クリント・イーストウッドは、先ほどおっしゃっていた「バード」も監督していて、熱心なジャズ・ファンですもんね。ところで、アメリカ映画ではルイ・アームストロング、ベニー・グッドマン、ビリー・ホリデイなんかが出ている作品は昔ありましたけど、ある時期まではモダン・ジャズを使った映画が少ないですね。
「使いにくいんでしょうね。ジャズの派手な即興演奏を映画音楽として使うと邪魔になりそうです。
ビリー・ホリデイといえば、彼女のドキュメンタリーが完成したんですよ(2020年の映画『Billie』)。昨日オンラインで観ました。ある女性がビリー・ホリデイの本を書こうと思って、10年ぐらいかけてビリーの関係者にインタビューしていたんですが、書き上げる前に死んじゃったらしいんですよ。そのインタビュー・テープを整理している中でドキュメンタリーの映像を作ることになったということで、作中では実際のインタビュー音声が流れたりします。この映画には、今まで見たことのないビリーの映像が、少なくとも2つはありましたね」
――ビリー・ホリデイの映像って、少ないんですよね。
「そうなんですよね。その映画にはビリーが“Strange Fruit(奇妙な果実)”を歌う映像が出てきて、あれは貴重ですね」
――ジャズをテーマにした映画に限ると、バラカンさんがいちばんお好きなものは何でしょう?
「劇映画ではないけど、セロニアス・マンクのドキュメンタリーの『ストレート・ノー・チェイサー』(88年)は好きですね。もともとマンクの音楽がとても好きなので、それが大きいかもしれない。でも、ひとつ選ぶなら『真夏の夜のジャズ』かな。いろいろなジャズが出てくるから」
映画音楽を作る才能というのは特別なもの
――最近のジャズ・ミュージシャンでは、トランペッターのテレンス・ブランチャードが、スパイク・リー監督の作品(「ブラック・クランズマン」など)をはじめとして、たくさん映画音楽をやってますね。
「そうですね。でも彼はジャズ・ミュージシャンというより、映画音楽の作曲家としてやっていますね。そういう意味では、今回のカマシと同じだと思います。
もともとカマシは、コンポーザーとしての立ち位置がはっきりしていると思うんですね。そこもまた彼の魅力のひとつだと思います。いちおうジャズというくくりの中で語られる人だけど、じゃあどっぷりジャズの人かというと〈?〉という(笑)。まあ今やCDショップやレコード屋さんが少なくなってきているから、ジャンル分けにどこまで意味があるのかはわからないけど」
――これからカマシは「マイ・ストーリー」の中の曲をライヴのレパートリーに加えるんでしょうかね。
「さっきお話ししたライヴ映像をご覧になるとわかるんだけど、あれはメンバーそれぞれのアップもちゃんと撮影されていて、完全に映像作品として作り込まれているものなんです。お客さんを前にしてそれを生でやろうとしたら、どうなんだろう。
ライヴだとその時々でパフォーマンスが変わってくると思うけど、その映像の中の音楽はスコアに基づいてかなりきっちり演奏されているようです。収録時間はサウンドトラック盤より長くて、46分ぐらいですね。映像も素晴らしいし、演奏もすごくいいです。お客さんがいないので、僕にしてみれば余計な盛り上がりがなくっていい(笑)。言葉がよくないね、あくまで個人的な感覚です」

――ライヴをそのまま撮影したのではない、独立した作品なんですね。
「カメラが音楽をきちっと意識していて、照明もいいんです。かなり広い場所で撮影していて、ソーシャル・ディスタンスもちゃんと取れています。メンバーの中にはマスクをしている人もいました。さすがに管楽器隊はマスクしてませんが(笑)」
――そういう意欲的な映像を制作するところもいいですよね。
「大手のレコード会社から声も当然かかるでしょうけど、インディー・レーベル(Young Turks)でやってるところがいいですね。だからこそ、ある程度自由にできるんだろうし。今、音楽業界でそれは大事なことです。
でもジャズだけをやっているミュージシャンは、よほどの大物以外は生計を立てるのが難しいはずです。たとえばジャズのCDを出しても、万単位で売れることはなかなかないでしょう。そういった意味で、テレンス・ブランチャードが映画音楽をやっているのには、まとまった収入が確保できるから、という理由もあると思います。ジャズ・ミュージシャンではないですが、一時期のライ・クーダーなんかはまさにそうでした。彼には映画音楽だけしかやっていない時期が十数年間ありましたけど、それはレコードが売れないからだ、と本人が言っていました。映画音楽を作る才能というのは特別なものなので、それができる人は得ですね」

バランスの取れた才人、カマシ・ワシントン
――「マイ・ストーリー」の音楽を聴いても、カマシは映画製作者側の要求にきっちりと応える構成力がある人だな、と思いました。暴走するタイプではないんですね。
「ライヴのときは暴走もするけど、バランスがとれている人ですね。最初の『The Epic』(2015年)を聴いたときも、3枚組というヴォリュームでありながら、しっかりと構成されていたので本当に驚き、感心しましたよ。曲の膨らませ方がすごい」
――たしかに、ここまでオーケストラを使いこなしたジャズ・ミュージシャンってほとんどいませんね。
「そうかもしれませんね。たとえば70年代にクリード・テイラーが作ったCTIのアルバムは、人によって好き嫌いはあるでしょうけど、僕には(その装飾的なサウンドが)ほとんど響いてこなかった。もしリミックスできるのであればそうしたい、と思うアルバムがたくさんありますね。
他にもウェス・モンゴメリーにしても、ジョージ・ベンソンにしても、エスター・フィリップスにしてもね、余計な部分を全部削ぎ落としてしまいたい(笑)。その点、カマシの場合は本当に自分の音楽にとって必要だから、オーケストラや合唱を入れている、ということがわかりますね」
――カマシは今後、映画音楽の方でも精力的に仕事をしていくのではないか、という気がします。映画「マイ・ストーリー」は、その記念すべき第1作だということになりますね。今後が本当に楽しみです。
INFORMATION
カマシ・ワシントン『Becoming』のライブ映像上映
ピーター・バラカン × 柳樂光隆によるトークショー
2021年4月22日(木)東京 ヒューマントラストシネマ渋谷シアター1
開場:18:55(予定)
※新型コロナウイルス感染拡大の状況によって、開催日時を変更させていただく場合がございます。予めご了承ください
※当日のタイムテーブルに関しては追ってビートインクとヒューマントラストシネマ渋谷、それぞれのオフィシャルサイトおよび公式Twitterにて発表いたします
ビートインク オフィシャルサイト:https://www.beatink.com/
ビートインク Twitter:https://twitter.com/beatink_jp
ヒューマントラストシネマ渋谷 オフィシャルサイト:https://ttcg.jp/human_shibuya/
ヒューマントラストシネマ渋谷 Twitter:https://twitter.com/htc_shibuya
【注意事項】
※ご来場の際は、当館にて行われているマスク着用をはじめとした、新型コロナウイルス感染症予防対策へのご協力をお願いいたします。ご協力いただけない場合には、ご鑑賞をお断りさせていただく場合がございます
※当館の『新型コロナウイルス感染予防の取り組み』については下記URLをご覧ください
https://ttcg.jp/topics/2020/05201300_10996.html
※イベント内容は、予告なく変更または中止になる場合がございますので、予めご了承ください。
PROFILE: ピーター・バラカン (Peter Barakan)
1951年ロンドン生まれ。ロンドン大学日本語学科を卒業後、1974年に音楽出版社の著作権業務に就くため来日。現在フリーのブロードキャスターとして活動。テレビやラジオのレギュラー多数。2013年5月、日本の放送文化の質的な向上を願い、優秀番組・個人・団体を顕彰する第50回ギャラクシー賞の「DJパーソナリティ賞」を受賞。
著書に「200CD+2 ピーター・バラカン選ブラック・ミュージック アフリカから世界へ」(学研)、「わが青春 のサウンドトラック」(ミュージック・マガジン)、「猿はマンキ、お金はマニ 日本人のための英語発音ルール」(NHK出版)、「魂(ソウル)のゆくえ」(アルテスパフリッシング)、「ロックの英詞を読む」(集英社インターナショナル)、「ぼくが愛するロック名盤 240」(講談社+α文庫)、「ピーター・バラカン音楽日記」(集英社インターナショナル)、「ラジオのこちら側で」(岩波新書)などがある。またコンピレーションCD等の企画や監修も行っている。
