現在Netflixで配信されているミシェル・オバマのドキュメンタリー映画「マイ・ストーリー(原題:Becoming)」の音楽を、ジャズ・ミュージシャンのカマシ・ワシントンが担当した。これはカマシにとって初めての映画音楽なのだが、第63回グラミー賞〈最優秀スコア・サウンドトラック〉部門にノミネートされたことで、彼の映画音楽家としての才能にも注目が集まっている。そこで今回、カマシの映画音楽、そして〈映画とジャズ〉の関わりについて、その両者に詳しいピーター・バラカン氏に話を訊いた。

KAMASI WASHINGTON 『Becoming』 Young Turks/BEAT(2020)

ミシェル・オバマの物語を引き立てるカマシ・ワシントンの音楽

――まず、映画「マイ・ストーリー」のご感想を教えてください。

「僕はミシェル・オバマという人に好意を抱いていて、もしかしたら夫のバラク・オバマ元米大統領以上に(笑)、ミシェルの価値観とか世界観に興味を持っているので、彼女の人柄が伝わる楽しい映画だなと感じましたね。彼女はすごく芯の強い人ですよね」

――強いけど柔軟でユーモアのセンスもあって、観た人はみんなミシェルのファンになってしまいそうな……。

「なるでしょうね」

映画「マイ・ストーリー」予告編
 

――カマシ・ワシントンの音楽は、とても自然に映画の雰囲気に溶け込んでいましたね。

「映画音楽は変に目立つと映画の感覚とずれてしまうから、目立ちすぎずに映画を支えることが大事ですよね。(『マイ・ストーリー』の)サウンドトラックはグラミーにノミネートされていますけど、音楽作品として聴くと、カマシ・ワシントンのファンはちょっと物足りなく感じるかもしれません。一曲一曲が短いですし。でもサウンドトラックは、あくまでそういうものだと思うんです。

ところで、実は僕はアルバムを聴く前に、映画の楽曲を演奏しているライヴの映像を先に観たんですけど、これが実に素晴らしかった。LAフィルを含む大人数のメンバーで、しかもコロナなのでお客さんがいない会場(ハリウッド・ボウル)で収録した、1回限りのライヴ映像なんですね。

ハリウッド・ボウルで収録された『Becoming』のライヴ映像
 

僕は今までのカマシの音楽は、ライヴよりレコードのほうが好きなんです。アルバムでは合唱隊を使ったりストリングズを使ったりして、編曲が素晴らしい。カマシの音楽は、きちっと構成された曲の中から、彼のサックスが天に飛び出していく、というところが好きなんです。それを〈スピリチュアル〉という言葉で表現するのが適切かどうかは、わからないけど。

でもライヴでは……僕は〈フジロック〉でもブルーノート東京でもステージを観たんですけど、お客さんを喜ばそうというか、盛り上げようとするあまり、まるでハード・ロックのライヴのように派手なパフォーマンスになるので、個人的にはちょっとしらけてしまう。その点、今回映像で観たライヴは、今まで僕が観たカマシのライヴの中でダントツによかった」

※ここでピーター・バラカンが紹介しているライブ映像の上映イベントが、2021年4月22日(木)に東京・ヒューマントラストシネマ渋谷で開催されることに決定。詳細は記事下部のインフォメーション欄にて

LAのリージェント・シアターで行われたライヴの映像
 

――それはぜひ観てみたいです! アルバムを聴いた限りだと、ストリングズの使い方とかは、フィラデルフィア・ソウルみたいな感じもしましたが。

「そうですね。どの曲もとてもわかりやすい、シンプルな作りですよね。いつものカマシの雰囲気で作っても、逆にうまくいかなかったんでしょうね。だから、(彼の作家性とは要求されているものが少し異なるにもかかわらず)よくこの仕事を受けたなあと思いましたが、おそらくカマシはミシェルのことを敬愛していて、彼女の作品に関われることを光栄だと感じたんでしょう」

『Becoming』表題曲
 

――初めての映画音楽の仕事で、グラミーにノミネートされるのはさすがですね。映画を引き立てるための音楽もきちんと作れるという。

「どの映画音楽であっても、結局映画自体を引き立てるということが大事になりますよね。映画のサウンドトラックで主張の強いジャズが使われたことって、今までにありましたかね?

あ、オーネット・コールマンが音楽をやったドキュメンタリー映画(66年の映画『Who’s Crazy?』)があったね。僕ね、子どものときにテレビでその録音風景を撮影したフィルムを観たんです。そのとき初めてオーネットの音楽を知ったんだけど、ぐっと引き込まれるものがありました」

映画「Who’s Crazy?」予告編