NYを拠点に活動しているジャズ・ピアニストの大林武司が、ニュー・アルバム『Manhattan』をリリースした。ホセ・ジェイムズ黒田卓也のバンド・メンバーとして重用され、テレビ朝日「報道ステーション」のテーマ曲のために結成されたスペシャル・バンド=J-Squadにも参加。さらに、若手ジャズ・ピアニストの登竜門である〈ジャクソンヴィル・ピアノ・コンペティション2016〉で日本人初のグランプリに輝くなど大躍進を遂げている。

これまでにクィンテット編成で2枚のリーダー作(2011年作『Introducing Takeshi Ohbayashi』、2013年作『Feelin' Lucky』)を自主リリースしてきた大林だが、この『Manhattan』では強力な演奏陣を従えたトリオ編成で制作。最先端のリズム/ビート感覚とアコースティック・ピアノの艶やかな響きが同居し、そのユニークな才能を鮮やかにアピールしている。そんな本作の魅力に迫るべく、音楽ジャーナリスト/ライターの原雅明氏に、大林のキャリアと『Manhattan』の制作背景を掘り下げてもらった。 *Mikiki編集部

大林武司トリオ Manhattan SOMETHIN' COOL(2016)

 

ジャズ・ピアノの王道を彷彿とさせるプレイ

大林武司のピアノを生で初めて聴いたのは、黒田卓也がブルー・ノートからのデビュー作『Rising Son』(2014年)をリリースして来日を果たした時だ。コーリー・キングらNYの凄腕プレイヤーたちのなかでも、彼のピアノのタッチには耳を惹き付けられた。その後にホセ・ジェイムズのバックで、これまたネイト・スミスらに交じって演奏していた時も、艶やかで研ぎ澄まされてもいるタッチに惹かれた覚えがある。録音物で最初に聴いたのは、たぶん黒田卓也のメジャー・デビュー前のアルバム『Six Aces』(2012年)だったと思うが、いずれにせよ、気が付けば大林武司のピアノに触れる機会がこの数年は比較的多かったように思う。それも日本人のジャズということではなく、海外のジャズとして自然と聴いていた。黒田卓也もそうだが、NYであたりまえのようにプレイするジャズ・ミュージシャンが本格的に登場してきたことを大林武司にも強く感じたのだ。

大林とネイト・スミスが参加したホセ・ジェイムズのライヴ映像
大林が参加した黒田卓也のライヴ映像
 

87年に広島で生まれた大林は、20歳の時にバークリー音楽院へ奨学金を得て進むと、在学中からプロとして活動を始めた。音楽理論を師事したドラムのテリ・リン・キャリントンのグループなどに参加して、世界各地でツアーも回っている。その濃密な20代のキャリアは本人のホームページのプロフィールに詳しいのでそちらに譲るが、なぜ彼の才能にこれほど注目が集まるのかは、大林も含めてNYで活動する日米の若手精鋭ミュージシャンが集ったニュー・センチュリー・ジャズ・クィンテットのドラマーであり、これまた多方面からその才能に注目が集まっているユリシス・オーウェンズ・ジュニアが、そのピアノを〈マルグリュー・ミラーのようだ〉と称したことを紹介するのが適切だろう。

57歳の若さで死去したマルグリュー・ミラーは、ロバート・グラスパーカリーム・リギンスなど現在活躍する多くのミュージシャンに深い影響を与えており、共演経験のあるユリシスもその一人である。ヒップホップやR&Bにも惹かれてきた世代のジャズ・ミュージシャンに王道のジャズ・ピアノの魅力をもっともアピールできたのがマルグリュー・ミラーであり、共演した誰もがプレイだけではなく、その人間的な魅力や教育者としての度量の広さも語っている。

※ロバート・グラスパーはマルグリュー・ミラーに捧げた“One For 'Grew (For Mulgrew Miller)”という曲を発表している(2007年作『In My Element』収録)

カリーム・リギンスとデリック・ホッジが参加したマルグリュー・ミラーの2004年作『Live at Yoshi's, Vol. 1』収録曲“What a Difference a Day Makes”

 

 

対照的なトリオを配置、『Manhattan』が描くジャズの円環

そんなマルグリュー・ミラーを彷彿とさせるピアノと、ホセや黒田との共演などを通じて体得したモダンなビート感覚が共存しているのが『Manhattan』だ。トリオ編成の演奏を基本として、ドラムにネイト・スミス、ベースに中村恭士を迎えたセットと、ドラムにテリ・リン・キャリントン、ベースにタミヤ・シュマーリングを迎えたセットが全8曲のなかで半分ずつ登場する。トリオにこだわったのは、やはりマルグリュー・ミラーの影響からだろうか。いずれにせよ、このメンバーのセレクトも非常に興味深い。

『Manhattan』の全曲試聴音源
 

アルバムは乾いたネイト・スミスのドラムからスタートする。ホセのバックでも一緒の彼は、デイヴ・ホランドクリス・ポッターとのプレイではクールで精緻なドラミングを聴かせる一方、新たにクリス・バワーズらと組んだバンド=キンフォークでは女性ヴォーカルをフィーチャーしたラテンやアフロビートにも挑むなど、近年の活動でも幅広いアプローチを見せているが、本作では端正なプレイでピアノ・トリオを支えている。そして、大林とはニュー・センチュリー・ジャズ・クィンテットでも共にプレイする中村恭士もまた、NYの第一線で活躍するベーシストだ。ここではまるで、マルグリュー・ミラーとカリーム・リギンスとのトリオでプレイしていた時のデリック・ホッジにも通じる柔らかなベースを披露している。

ネイト・スミスが参加したキンフォークのライヴ映像
大林と中村恭士が参加したニュー・センチュリー・ジャズ・クィンテットのライヴ映像
 

その一方で、テリ・リンはダイナミックで腰に来るグルーヴを本作にもたらしている。ジャズ・ドラマーでありプロデューサーとしても活躍してきた彼女は、近年はモザイク・プロジェクトを統率し、チャカ・カーンダイアン・リーヴスエスペランサ・スポルディングからレイラ・ハサウェイまで、多彩かつ豪華な女性ヴォーカルをフィーチャーしたR&B/ソウル寄りの作品を発表してきたが、そうした活動から還元されたプレイでもあるのだろう。また、一緒に組んでいるベースのタミヤ・シュマーリングは、ロバート・グラスパー・エクスペリメントケイシー・ベンジャミンをゲストに招き、ストリングスもフィーチャーしたマリオ・カストロ・クィンテットの力作『Estrella De Mar』(2014年)でその名を知った新鋭だが、テリ・リンのドラムをさらに躍動感あるものにする硬く太いベースが特徴的だ。

エスペランサ・スポルディングが参加したモザイク・プロジェクトのライヴ映像
タミヤ・シュマーリングが参加したマリオ・カストロ・クィンテットの2014年作『Estrella de Mar』収録曲“Estrella De Mar”
 

『Manhattan』はこうした対照的なトリオを配置して、その中心に大林武司のピアノが響くという構成だ。グルーヴ感があってエッジの立った曲もあれば、端正で落ち着いたムードの曲もあるが、ピアノのタッチは強弱の違いなどはあれど、一貫して滑らかで研ぎ澄まされた音を奏でている。それは、ホセや黒田のバックで聴いた時の印象とまったく違わない。きっと彼のなかで、芯となる音が鳴り響いているのだろう。それと、オープニング曲“World Peace”などで控えめに加えられたシンセサイザーは、黒田卓也の『Zigzagger』(2016年)でも印象的な響きだったが、大林のもう一つの個性となっていると思う。

マルグリュー・ミラーが86年にリリースした『Work!』のドラマーは、当時まだデビューしたてのテリ・リンだった。彼女もそうやってフックアップされて現在に至っているわけだが、『Manhattan』はそんな〈ジャズの円環〉を思い起こさせてもくれる作品である。そして、ジャズがいまふたたび勢いを持ち、日本人のミュージシャンがそのなかで活躍している理由もその円環に参加しているからなのだと、このアルバムは教えてくれる。

大林のソロ・パフォーマンス映像

 

JAZZ@HALL VOL.2

ジャズ100周年を記念して開催されるコンサートで世界的ディーヴァのケイコ・リーを迎えて、ネイト・スミスと中村恭士のトリオ編成で名曲の数々を披露!

日時:2017年1月15日(日)
会場:東京・渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール
開場/開演:15:00/15:45(19:00終演予定)
料金(全席指定前売り券):6,300円
進行予定(変更の場合あり)
Part.1:ケイコ・リー&大林武司ニューヨーク・トリオ feat. 西口明宏
Part.2:寺井尚子&栗林すみれトリオ feat. 山田玲
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★詳細はこちら 

大林武司トリオ『Manhattan』リリース・ツアー
2017年1月14日(土) 茨城・日立Library cafe TRAX
2017年1月16日(月) 大阪・Billboard-LIVE OSAKA
2017年1月17日(火) 広島JUKE
2017年1月18日(水) 福岡Rooms
2017年1月20日(金) 広島・福山スガナミ楽器ホール
2017年1月21日(土) 岡山 Cafe SOHO
2017年1月25日(水) 静岡 ライフタイム
2017年1月26日(木) 東京・神楽坂THEGLEE
※詳細・予約方法はtakeshimusic.comおよびsomethincool.netにて随時更新