たとえこの顔に見覚えがなくても、その楽曲はもう誰もが知っているはず。“Are You With Me”の記録的な大ヒットで世界を制し、ビッグ・チューンを連発するベルギーの若き天才が、満を持してアルバムを投下したぞ!!

 

音楽シーン全体を包む質感

 EDMのサブジャンル的な扱いでこの1~2年で騒がれるようになったトロピカル・ハウス。いきなり流行のワードに祭り上げられた感もあるが、そのサウンド自体はここ数年の音楽シーンにおける地殻変動を背景に醸成されてきたものだといっても間違いではないだろう。少し遡ると、メロウでアトモスフェリックな質感/アンビエンスを湛えた音像は、チルウェイヴ以降のインディー・ポップ、R&Bやメインストリームのポップス全般に至るまで多方面で定着するようになった。ディスクロージャー以降のディープ・ハウス・リヴァイヴァルや、ポスト・ダブステップとして多様化したベース・ミュージックの一部もそうした音楽シーン全体の動きとシンクロし、〈Eton Messy〉〈TheSoundYouNeed〉といったYouTubeチャンネルやSoundcloudを中心に、それらが集約されてダンス・ミュージック内のムーヴメント化してきたのだ。

 一方でEDMの世界にも変化が及び、アヴィーチーマムフォード&サンズを筆頭とするフォーク/カントリーの新興勢力と呼応するように、自身の楽曲にそのテイストを取り込みはじめたここ数年、例えばゼッドも歌心やメロディーを大切にした芳醇な音作りでいわゆる〈音楽的〉とされる方向を志向するなど、ラウドでアップリフティングな側面のみで語られがちなEDMに多様性をもたらしていた。

 そういった潮流を背景に登場したのが、トロピカル・ハウスの名付け親といわれるトーマス・ジャック、ノーベル賞のセレモニーに出演するまでにセンセーションを巻き起こした時代の寵児カイゴ、名門スピニンから鳴り物入りでデビューしたサム・フェルドたちだ。並行してディプロスクリレックスもこの流れに参入。ムーをフィーチャーしたメジャー・レイザー&DJスネイクの“Lean On”をはじめ、ジャスティン・ビーバー復活の狼煙となったジャックUの“Where Are U Now”が時代を象徴する曲となり、さらにジャスティンはトロピカル風味で仕上げたアルバムから“What Do You Mean?”“Sorry”をヒットさせることでこのサウンドを一般的なスタイルへと昇華させ、早くも成熟過程へと突入した感もある。

 

世界16か国でNo.1!

 そんなふうに成熟しつつあるシーンのライジング・スターであり、カイゴと並ぶ最重要アーティストが満を持してアルバム・デビューを果たした。それがフェリックス・デ・ラエトことロスト・フリクエンシーズだ。最初に買ったレコードがダダ・ライフのアルバムだという彼は、ベルギーはブリュッセル出身の弱冠23歳。カイゴと同じくレッド・ホット・チリ・ペッパーズ“Snow (Hey Oh)”(フェリックスが人生でもっとも影響を受けた音楽のひとつだという)、モービー“In This World”、ボブ・マーリー“No Woman No Cry”、ワンリパブリック“Counting Stars”といった楽曲のリミックスをネット上に公開して注目を集め、先述したものと同系統のYouTubeチャンネル〈Mr. Revillz〉などを中心に拡散されることで足場を固めてきた。

 そんな彼の名をもっとも有名にしたのが、2014年に発表された代表作“Are You With Me”だ。この曲はもともとカントリー歌手のイーストン・コービンが2012年にリリースしたナンバーをリミックスしたもの。オリジナルは王道のカントリー・ソングだが、フェリックスはそこから物悲しいギターのフレーズとヴォーカルを効果的に使い、グルーヴィーなダンス・トラックへとアレンジ。これをベルギーの人気DJであるレギが気に入ってラジオや自身のセットで何度もプレイしたことから最終的には公式リリースされ、ヨーロッパ各国でチャート1位を記録することに(公式YouTubeでの再生数は2億回、ストリーミング数は5億回超!)。しかも、ベルギーのアーティストとしては初の全英No.1シングルという名誉ある記録も打ち立てるというオマケつきだ。

 

〈Less Is More〉を証明

LOST FREQUENCIES Less Is More Armada/avex EDM(2016)

 この輝かしいキャリアを引っ提げてアルマダから登場したアルバム『Less Is More』は、“Are You With Me”を彷彿とさせるフォークやカントリーの肌触りを持った“Reality”や“Lift Me Up”、モービーのブルージー・ナンバーが頭をよぎる“Beautiful Life”など歌モノのヒットをメインに据え、アコースティックの響きも重用している。

 ディープ・ハウスを軸に、ベース・ミュージックやヒップホップなども忍ばせたトラックも、歌と同調して穏やかにビートを刻んでいるが、そのあたりは多くのトロピカル勢とも共通する部分だろう。ただ、リゾートやビーチを連想させる音を乱用せず、曲によっては北欧サウンドのクールなイメージさえ浮かんでくる洗練度を備えたサウンド・デザインはロスト・フリクエンシーズならではで、まさに〈少ないほど、豊かである〉というアルバム・タイトルの通り、過剰な演出がなくとも多くの人に印象を残す楽曲が作れることを証明している。

 そのやって次々とヒットを飛ばし、いまでは〈Tomorrowland〉やイビザのビッグ・クラブ〈Amnesia〉のステージに立つまでになったロスト・フリクエンシーズ。そうとは思えぬ謙虚な音を鳴らす彼は、これからもさらなる飛躍を遂げるはずだ。

 

フェリックスのお気に入りだという作品を一部紹介。