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マンパワーみたいなものがすごく必要とされそうな気がする

――チャイルディッシュ・ガンビーノという音楽家は、音楽に対してどう向き合っているタイプだと想像しますか?

「非常に音楽に前向きな人なんだと思います。愛情深くやっていないと、このタイミングでこの手の音楽にこれほどのめり込まないでしょ、って気がするから。新作を聴いていても、悩んだ末の結果という感じがまったくしないし、たぶんヒップホップもいまだに超好きだろうし。それに、いま自分のなかでいちばん熱いモノを表現するという意味では素直なんだとも思います。自分の内側から湧き出た表現欲求に素直に従うというのは、本当にその音楽や自分自身が好きじゃないとできないと思うんです。好きじゃないと、ちょっと意固地になって突っ張るはずだから。そこで〈これが絶対フレッシュで、これをいま俺がやると最高になる〉と思えるというのは、良い意味で自信家なんだろうなとも思いますね」

――でも、なぜこのタイミングでこういったファンク感に向かったんでしょうね? 80年代や90年代のサウンドはリヴァイヴァルの動きがあるけど、この手の土臭くてスピリチュアルなファンク感はあまり聴かないですもんね。

「それは本当にわからない。でも、このタイミングでのコレは素晴らしいと思う。例えばニュー・ジャック・スウィングなんかは毎年来る来ると言われていながら、〈来る来る詐欺〉みたいになってるじゃないですか(笑)」

――そんななか、ブルーノ・マーズは『24K Magic』で思いきりそこをやった。

「そう。ブルーノがニュー・ジャックをやるのは想像がつくんですよ。マスに受けるものを意識していると思うし、スーパーボウルのハーフタイム・ショウを2度もやってるくらいだから、もはやトレンドセッターとしての責任感もあると思う。毎年、流行りの色をファッション業界団体が決めますよね。その年に流行ると決められた色を採り入れた洋服をちゃんと作るという責任感を、ブルーノには感じるんです。対して、ガンビーノの新作にはそれを一切感じなくて、もう解き放たれまくってる(笑)。でもやっていることは、ここ数年みんながいろんなカタチでやっている過去の音楽の再解釈というゲームの流れに則ってると思うんです。でも、それがずば抜けてフレッシュだっていう。それが素晴らしい」

ブルーノ・マーズの2016年作『24K Magic』収録曲“24K Magic”
 

――このアルバムが今後シーンにどんな影響をもたらしそうな気がしますか?

「なんかマンパワーみたいなものがすごく必要とされそうな気がします」

――トラップやEDMといった打ち込み音楽からの揺り戻しということですか?

「揺り戻しというか……いや、でもわからないな。トランプ政権以降は、逆にブッシュ大統領時代のような音楽の流行り方がする可能性もあるから。言ったらDMXですよ。ブリンブリン、ボースティング。〈Strong America is No.1〉みたいな方向に行ったらまた流れが変わってきそうな気がするし、そういう(マッチョな)思想とトラップ・ミュージックは親和性が高いと思うから。ただ、ストリーミングの隆盛でさまざまな音楽が幅広く同時に聴かれているいまの状況を考えると、マンパワーな感じとトラップ・ミュージックの共存も考えられるんですよね。だから2016年の最後にウィークエンドの『Starboy』みたいな作品が聴けたんだろうなと思うし。あのアルバムは全部呑み込んでる感じがしたから。ただ、純粋に音楽表現としてはマンパワー、演奏力が求められるんじゃないかっていう気がしますね」

ウィークエンドの2016年作『Starboy』収録曲“Starboy”
 

――マシーン・ファンクじゃなくて、ヒューマン・ファンク。

「そう。マンパワーとか人間味を感じる音楽が優勢になりそうだと思うし、個人的にそう信じたいところもあります」

 

ガンビーノがやっていることにはシンパシーを感じる

――その見解を具現化するように、SKY-HIさんの新作『OLIVE』は人間味を感じさせるネオ・ソウル/ファンク/ディスコ系のサウンドが並んでいて、ガンビーノの新作と似た匂いを感じました。

「そうなんですよ、自分でもびっくりしました。実際には打ち込みを使っているけど生楽器の割合はなるべく増やしたし、ギターを使ったトラックが増えたのも自分でギターを弾くようになった結果なんです」

SKY-HI OLIVE avex trax(2017)

――どうして今回、そのような音像をめざしたんですか?

「今回はオーガニックさやマンパワーを求めたんです。その理由は〈生命力〉をテーマにしているから。前作の『カタルシス』は、〈死すを語る〉がテーマで、アルバム全体通して、死と向かい合うことで生きることを浮かび上がらせる手法を取ったんです。そのぶん音像は幅広さ……フューチャー・ベースから90sヒップホップまで、自分が持っているものを右から左までやることによってエンターテインしようと思った。今回はその先を見せたかったので、生きることを愛することと捉えたり、生きることそのものを愛するというのをアルバムのテーマにしたし、聴いてくれる人の人生や生活に寄り添う責任を持つ音楽を作りたかったんです。プラス、そのテーマと音像がシンクロしたものにしたかった。そのためには音楽自体に生命力が必要不可欠だと思ったんです。で、そういう音楽を求めると、おのずとソウルやファンクといったサウンドを自分のルーツから掘り起こしていくことが起点になりました」

SKY-HIの2016年作『カタルシス』収録曲“Ms. Liberty”
 

――『OLIVE』のなかでは、“Walking on Water”のサイケな感じが特にガンビーノの新作とサウンドの類似性を感じました。

「音像だけで言うと、“Walking on Water”でしょうね。あと、“リインカーネーション”も年代的には通じるものがあるかもしれない。ただ、“How Much??”は作っている時に自分の中で鳴っているロックンロールがあったし、“アドベンチャー”のブラスのフレーズや“Over the Moon”のクイーンな感じとか、自分のなかにあるどのルーツをどう解釈してどう表現するかという道順が明確に見えてるものと言う意味では、そのへんの曲も近しい匂いがしますね」

――“Walking on Water”でMUROさんをトラックメイカーに起用した理由は?

「アルバムを作ろうとした時に見えていた音像は“リインカーネーション”や“BIG PARADE”、“Over the Moon”とかで、プラス既発曲の“クロノグラフ”と“ナナイロホリデー”があったから、アルバムのアタマとオシリの感じは先に見えていたんです」

――起承転結の〈起〉と〈結〉は見えていた。

「それで全体でどういう流れにするかはもうちょっと練るとして、アタマとオシリがそういう感じだから、骨太なサウンドが中腹で来るべきだろうと思っていたんです。ただし、ソウルネスを内包していないとアルバムとしての作品性が統一されない。つまり、ソウルで骨太なヒップホップを……となったら、もうMUROさんしかいないだろうと」

――この曲の歌詞のテーマは?

「強さを歌おうと思ったんです。アルバム全体を通して周りにいる人に愛を持って向き合うことを歌っていて、後半になると自分自身に愛を持って向き合うことの難しさと尊さを歌っているんですけど、後半に行くまでに暴力的なまでの自尊心……ヒップホップ的に言うならボースティング・ナンバーが1個欲しかったんです。そうしないとアルバムが正論だけになっちゃう危うさを感じたから」

――正論ばかりじゃ息苦しいと。

「そう。1曲目から7曲目までは、冒頭の“リインカーネーション”で歌っていることを、リスナーが自分の歌として捉えられるように届けることをテーマにしていたんです。ただ、“Stray Cat”は自分を野良猫に準えているし、“Double Down”も人生を賭けるというデカイことを歌っているから、ともすれば自分の話じゃなく聴こえるかもと思って。それを一旦、“17歳”で個人レヴェルに落とし、そのあとに“明日晴れたら”““アドベンチャー”と進んでいけば、“リインカーネーション”で歌ってることを自分の歌として聴いてもらえるんじゃないかと考えたんです」

――その流れを次の“Walking on Water”で断ち切ろうと?

「断ち切るというか、そこで正論じゃない話を差し込まないと、次の“How Much??”に繋がらないと思ったんです。“アドベンチャー”までの流れでそのまま“How Much??”に行っても、正しい人がすごく正しいことを説いちゃうだけだなって。それはすごくつまらないし、教科書を作るつもりはなかったから。そこに暴力的なまでの自尊ソングを挿むことで、逆に後半の流れに説得力が出ると思ったんです」

――前作『カタルシス』もそうだったし、今回もそうして流れに意匠を凝らすなど、SKY-HIさんはコンセプチュアルなアルバム作りを続けていますよね。同じくガンビーノにもそういう創作傾向があって、そこも共通項だと思ったんです。

「ガンビーノがやっていることは『カタルシス』の時に俺が考えていたことと近い気がします。『Because The Internet』の映画に準えた作り方にはシンパシーを感じますし、それが評価を得たから今回のアルバムが出来たとも思うし」

――そもそもガンビーノは脚本家としてキャリアをスタートさせているから、作家脳が働く人だと思うんです。アルバムを1冊の本のように見立てて物語を編むという表現スタイルが2人に共通してるなと。

「確かに。ガンビーノはラップもそうだけど、音楽もすごく計算して作っているかもしれないですね。それに今回のアートワークがコレですからね。ブラックのミュージシャンが何の考えもナシにこのジャケットは作らないでしょ。ノリではやれないと思うから。何かしらの主張が絶対ありそう」

――あと、アルバムでテーマにしていることもざっくり言うと似てるなと思ったんです。ガンビーノは前作で自我をとことん見つめ、新作では子どもが生まれて父親になったこともあって社会に目を向けはじめた。SKY-HIさんも前作では自分の内側に関心を向けていましたが、新作ではそれが外向きに変わってきた。

「そうですね。『OLIVE』でやっと人と関わろうとしているから。そう言われると、まずますガンビーノのことがいろいろ気になってきました。例えばケンドリック・ラマーのアルバム(2015年作『To Pimp A Butterfly』)は、彼の出自や育った環境をいろいろな記事や解説原稿で読む機会が多かったけど、ガンビーノの話はあまり読んだことがないから。なにせ英語が得意じゃないからリリックの深い意味までわからないし、英語圏じゃないリスナーとして、そういうところはいつもジレンマがあるんですよ。今回は彼の出自をしっかり知りたいと思うし、リリックの対訳や解説を楽しみにしています」