チャイルディッシュ・ガンビーノ――つい先日開催されたゴールデン・グローヴ賞では、俳優ドナルド・グローヴァーとして自身が脚本/主演を務めたTVドラマ「Atlanta」で最優秀TVミュージカル/コメディー同部門の作品賞と主演男優賞を獲得するなど、俳優業での活躍も目覚ましいが、このラッパーとしての名義でもキャリアにおけるターニング・ポイントとなるであろう新作『Awaken, My Love!』を発表した。グラミー賞の最優秀ラップ・アルバムにノミネートされた2013年の前作『Because The Internet』を経て、2014年のサウスなミックステープ『STN MTN』とのカップリングとなったコンセプトEP『Kauai』で聴ける、風通しの良いポップな歌モノに新鮮な驚きを覚えたものだが、同作以上にヴォーカルを前面に押し出した『Awaken, My Love!』での豪快な舵の切りっぷりたるや!
まずファンカデリック『Maggot Brain』が頭に浮かんだ、歪んだギターに跳ねる鍵盤、ゴージャスなコーラスが盛り立てるコズミックでサイケデリックなサウンドを纏った楽曲の数々は、ロッキッシュで土臭ささも随所に感じられ、力強く艶めかしい主役のヴォーカルはプリンスを思わせる瞬間も。ファンカデリックやブーツィーズ・ラバー・バンドをサンプリングするなど、Pファンク周辺への憧憬を露わにした音作りになったところに、何かしらの思惑が見え隠れしているような気もするが果たして……。ということで今回は、そんな『Awaken, My Love!』の日本盤リリースにあたり、このアルバムに大きな衝撃を受けたというSKY-HIこと日高光啓を直撃! ガンビーノのアーティストとしての魅力から『Awaken, My Love!』で占う今後のシーン、さらに1月18日にリリースを控える自身の新作『OLIVE』との共通点などについて語ってもらった。 *Mikiki編集部
まさか今回のようなアルバムを作ってくるとは思っていなかった
――SKY-HIさんがチャイルディッシュ・ガンビーノの存在を知ったキッカケから教えてください。
「最初は“Freaks And Geeks”(2011年のEP『EP』収録)のミュージック・ビデオですね。当時、ルーペ(・フィアスコ)以降に出てきたアンチ・マッチョイズムのニューフェイスが群雄割拠していたんですよ。ドレイクもいまほどの地位は確立していないし、マック・ミラーも出てきてはいたけどまだ正規リリースはないっていう状況だったはず。で、チャイルディッシュ・ガンビーノもその流れのなかの一人という受け止め方でした」
――そのビデオを観ての感想は?
「ニュー・スター感がすごくあったのを覚えています。当時ドレイクはもう頭角を表していて、俳優出身っていう経歴も似ているんだけど、ビデオを見るとガンビーノのほうが華やかで、むしろ彼がいまのドレイクのような立ち位置に行くんじゃないかと予想していた。それくらいアンチ・マッチョイズムのラッパーの筆頭になりそうな破壊力があるビデオだなと」
――その後、ガンビーノは2011年にファースト・アルバム『Camp』をリリースして、2012年にはチャンス・ザ・ラッパーやベックなど強力なゲストを迎えたミックステープ『Royalty』を発表して話題を集めました。
「『Royalty』までは自分のなかのガンビーノ熱が持続していた気がします。というか、『Royalty』の時に〈来るべき時が来た〉っていう感じ。というのは、ファーストの『Camp』(2011年)がもっと売れると思ってたんですよ。それこそドレイクのファースト(2010年作『Thank Me Later』)みたいに行くんじゃないかと。いま振り返ると(『Camp』は)最高が全米11位だから悪くないセールスなんですよね、評価も高かったし。だけど、もっともっとブレイクすると思っていたし、『Royalty』みたいなバズり方が『Camp』の時に来ると思っていた」
――次作『Because The Internet』(2013)はどんなふうに受けとめましたか?
「フツーにカッコイイな、っていうくらい。ぶっちゃけ、想像を超えてくるようなことはもうないのかなとも思いました。フツーにカッコ良いアルバムを定期的にリリースしてくれる、フレッシュなラッパーのうちの一人という捉え方。まさかその次に今回のようなアルバムを作ってくるとは思ってなかった(笑)」
――じゃあ、『Because The Internet』に対する印象はわりと薄い?
「このアルバムの記憶は微妙なんです。2013年は(ダフト・パンクの)“Get Lucky”が大流行していたから、ちょうど俺の谷間だったんですよ」
――当時はディスコ系のサウンドに関心が向いていたということですか?
「そう。当時はシックが再結成して新曲を出したり、ダフト・パンク熱が冷めやらぬ状態だったから、ああいうソウル/ファンクを再解釈して自分のなかに採り入れることに注力していたんです。だから、2013年頃のヒップホップの作品で記憶に残っているものが著しく少ない。ただガンビーノに対しては、その時点ですでに地位を確立している人だという認識だから、『Because The Internet』が出世作っていう世間の評価には、逆に違和感があるんです」
――ガンビーノのラップ・スタイルについては、どういう印象を持っていますか?
「どちらかというとクリアですよね。リズムに対してクリアで、スキルフル。最初に彼が出てきた時、トラップ・ビートに対して正解の乗り方をひたすら的確にやるタイプという印象だったから。崩しが少ないと思ったし、それがスタイリッシュに見えたんです」
――ラップを理論的にわかってる人だとも思いますか?
「だと思いますよ。絶対そうだと思う。あと、ファレル(ネプチューンズ)やティンバランドがすごく売れた2000年くらいの時のビートがすごく好きなんですね。あのパーカッシヴな感じがいまだに好きで、もう僕のDNAに刻み込まれちゃってると思うんですけど、あのビートの良さはアフリカンな感じがするところだと思うんです。で、トラップに綺麗なフロウを乗せるラッパーのなかで、いちばんああいうビート感のある曲を作っていたのがガンビーノだった気がします。ルーツとしてのアフリカンな感じをクリエイションに反映させつつ、トラップに綺麗に乗る黒人のラッパーは意外と少なかった気がするんですよ。そういう部分でガンビーノは好きでした」
ただの回顧と思わず、すごくフレッシュな気持ちになる
――そんなガンビーノの新作『Awaken, My Love!』を聴いた感想は?
「最高でしたね。ヤバかった。最初に“Me And Your Mama”を聴いて、とんでもなく最高だなと思って。想像してなかったですね、この展開は」
――『Because The Internet』からガラッと作風が変わりましたからね。
「さっき言ったアフリカン云々の話も、この新作を聴いたから強く感じているだけで、これがなかったらそうは感じていなかったかもしれない」
――“Redbone”で聴けるPファンク感など、今回のアルバムに流れている70年代のソウル/ファンク/ロックからの影響はどう受けとめましたか?
「音楽にはそういう〈ゲーム〉があるじゃないですか。自分のルーツにあるどの時代のどの音楽を掘り下げて、どう解釈しますか?っていうゲーム。言ってしまえば、いまは全部そのゲームだとも思うんです。ジョーイ・バッドアスは自分が生まれた90年代のヒップホップを再解釈した。“Get Lucky”でディスコ・ミュージックの改変が起きて、マーク・ロンソンによってサンプリングが再評価された。そういう意味で僕はブルーノ・マーズを良い意味で〈最高のモノマネ芸人〉だと思っているんですけど(笑)。過去の音楽を上辺だけじゃなく、その深みまで理解したうえで自分のものとして輩出する本質的な意味でのサンプリング。その闘い方に成功している人は見ていて痛快だし、今回のガンビーノはこのタイミングでそこに行ったか!という驚きもあって、それがすごく気持ち良かったです」
――予想を裏切り、期待を裏切らないという感じ。
「そう。好き嫌いは別として、前作の延長線上にあるものをやってくれるもんだと思っていたから。だからこそ、1曲目の“Me And Your Mama”を聴いた時に、まさかこのまま行くのかなと一瞬不安になったんだけど、数曲聴き進むうちに……“Redbone”を越えたあたりだったかな、もうずっとこれでいいやってなりましたから(笑)」
――そもそも今回はラップを一切してないですからね。〈歌いきったねー〉みたいな(笑)。
「そう(笑)。もう行ききったなと。むしろ全然これで行ってほしいと思って。ある雑誌に2016年の年間ベスト原稿を寄稿したんですが、それを見た音楽評論家の田中宗一郎さんが僕に対して〈聴いてる音楽と発表してる音楽のクロスオーヴァーが感じられる〉といったことをTwitter上で言ってくださったんですね。僕はそれがすごく嬉しかったんですけど、普段音楽やっている日本人と話すと、びっくりするほどそういう感覚のない人が多いんですよ。抽出する文化というか、ご飯を食べるように音楽を聴いて、それを作品に反映させるという感覚が本当になくて、それを不思議に思っていたんです。でも、僕はそれがすごく楽しいんですね。本質的な部分までサンプリングして現代に生み落とす行為に、僕はすごく愛情も感じるし。だから今回のガンビーノもそうだけど、そういう音楽を聴いた時には、ただの回顧とは思わず、逆にすごくフレッシュな気持ちになるんです」