Miles away, alone - マイルス・デイヴィスの贈り物。

 Web以前の少年少女は、たった一枚の音楽家の写真に刺激されてその音楽を想像し無謀にもその音楽が身の丈にあったものかどうかも知らずにアルバムを手に取った。当時の大人もそうだった。専門書に掲載された演奏の風景を捉えた写真や、アルバム・ジャケットを手掛かりに未知の音楽を手繰り寄せた。ジャケット買いは音をイメージにかえて送り出す写真家、デザイナーと音以前の聞き手の想像のコミュニケーションだ。音楽が反射する視覚的イメージは、音楽家のもうひとつの影であり、メタ・ミュージックだ。

内藤忠行 I LOVED HIM MADLY 俺は彼を死ぬほど愛してる フォトハウス オム(2016)

 マイルス・デイヴィスが死んで20年たつ今年、マイルスの沈黙の5年間をテーマにした映画『Miles Ahead/マイルス・デイヴィス 空白の5年間』が公開された。その映画が映し出す5年間はともかく、この5年間は突然マイルスを失った当時のファンにとっては、視界から消えてしまったマイルスの音をあてもなく待ちつづけ、沈黙の裏側で胎動しているはずの新しいマイルス・サウンドを夢想する永遠の眠りのような時間だったに違いない。その瞑想のような沈黙の時間の意味は、マイルスを間近に見続けた人にとっては計り知れない重い沈黙の時間だっただろう。今年、マイルスの永遠の沈黙を数えてみれば20年という時の重さに耐えかねたのだろうか、マイルスを生前撮り続けた写真家のひとり、内藤忠行が私家版という形でマイルスの写真集『I Loved Him Madlly』をリリースした。

 写真一枚一枚に閉じ込められた内藤が切り取ったマイルスの瞬間の数々は、いまようやく一冊の本に解放されて、想像のメタ・ミュージックを見るもののうちに響かせる。連続するページの運動はマイルスの放った数々の音楽を手繰り寄せ、マイルス不在の今にコラージュされる。

 この写真集が喚起するあらたなイメージは、いつの日かふたたび音楽家によって音に生まれ変わるに違いない。すくなくともこの写真集の中でマイルスは過去のイメージ、残像ではない。内藤のシュールな想像力によって記憶の重力から解放されてジャズそのものに成った。映像は音楽を孕んだ本になったのだ。