ダンスの最前線を30年のスパンを経て体感する
コンテンポラリーダンスの中心軸に位置しつづける希有なダンスカンパニー
1983年のカンパニー結成から現在に至るまで、世界のコンテンポラリーダンスの中心軸に位置しつづけている。そう言っても過言でないのは、アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルが主宰するローザスである。ローザスが新旧2作『ファーズ―Fase』と『時の渦―Vortex Temporum』を携えて来日する。新旧あわせての公演というのは珍しくないが、これは、とくに心をそそられる。『ファーズ』は最初期の1983年、『時の渦』はそれからちょうど30年後の2013年に初演されたものである。ヨーロッパのダンス界の最前線で作品をつくりつづけたアーティストの出発点と到達点を、30年というスパンをこえ眼の当たりにすることになるのだ。
ケースマイケルの作品は、一滴の水すら漏らさぬほどの緻密な構成が特色である。と言うと、無味乾燥で機械的な動きを想像するかもしれない。確かに物語や情緒が支配的になるのを抑制している点では、「クール」である。しかし安易な情感におもねず、高度にテクニカルで分析的な動きのなかにエロスとタナトスが拮抗する緊張感は、他者の追随を許さない。作品のどの部分をとっても、一瞬たりとも眼が離せないのだ。方法論で特徴的なのは、音楽と動きの関係性である。彼女はそれが突出している。
ケースマイケルに限らず優れた振付家は、優れた音楽性をもっている。言葉を替えれば、真に優れた音楽性をもった者から優れた舞踊作品が生まれる。ウィリアム・フォーサイスの最高傑作のひとつ『失われた委曲』の音楽を担当したオランダの作曲家トム・ウィレムス、バッハの『マタイ受難曲』から殺伐とした現代の光景を出現させたアラン・プラテル、指揮者を志したこともあるイリ・キリアンとなるとオーストラリアのアボリジニに始まり、バッハ、モーツァルト、ヤナーチェク、スティーヴ・ライヒ、ジョン・ケージ、武満徹、石井眞木などの多岐にわたり、まれに見る音楽とダンスの崇高な結びつきを実現していた。一方、ピナ・バウシュは、さまざまな音楽を断片的に散りばめ、作品が統一感のあるイメージに収斂されてゆくのを避けていた。そこから一筋縄では捉えられないピナの世界が生まれた。暗黒舞踏の開祖、土方巽は日本人のほとんどが忘れかけている瞽女歌を使うことにより寒々とした東北の風景を現出させ、それまで影響を受けたヨーロッパの前衛とは異なる方向に歩み始めた。そういえば、一昨年、日本のNBAバレエ団はブロードウェイのベテラン演出家リン・テイラー・コーベットを招き、美空ひばりの歌を散りばめたバレエ作品『HIBARI』を成功させた。歌謡界の女王美空ひばりとバレエが無理なくひとつになった。
ケースマイケル作品では、以上のどの振付家よりも音楽とダンスは互いに自律している。構造的に一体化しても、両者はいつも向き合っているのだ。使われる音楽は、古典、近代ばかりでなく、現代物が多い。ベルク、ウエーベルン、シュニトケ、リゲティ、クセナキス、ティエリー・ドゥ・メイなど。ローザスの初期から中期には、スティーヴ・ライヒやバルトークがよく使われた。音楽とダンスの結びつきは厳格と形容したくなるほど緊張感に満ちていて、緻密で分析的である。例えば初期の傑作『ミクロコスモス』では、最初にバルトークの『2台のピアノのための組曲/ミクロコスモス』で男女が踊り、そのあとリゲティの作品やバルトークの弦楽四重奏曲が使われ、激しくも緻密な女性4名の群舞が展開する。初期から中期にかけての代表作『アクターランド』では、リゲティのピアノ作品、そしてウジェーヌ・イザイのバイオリンソロ作品が生演奏された。音楽が対位法になる箇所では、精緻に構造化されたダンスの動きの速さに眼が追いつけないくらいだ。
ローザス結成から20年後の2003年に発表された『ビッチェズ・ブルー/タコマ・ナロウズ』は、それまでのケースマイケル作品のイメージを一変させるものだった。ジャズ界のカリスマ、マイルス・デイヴィスが69年~70年に録音した歴史に残る傑作『ビッチェズ・ブルー』を背景に、初期の厳格で精緻な動きとは対極にあるインプロヴィゼーションを取入れたのである。ジャズダンスやヒップホップまでもそこにある。作品に対して最高の評価を受けてきながら、決してそれに甘んじることのない彼女の飽くなき挑戦である。
30年の出発点である『ファーズ―Fase』と同時代に生きる喜び
ケースマイケルのローザスの活動は結成後数年で、つまり80年代終わりごろには、世界のダンス界の頂点に達し、そこに君臨しつづけている。これは途方もないことだ。今回の公演はその出発点と現在を確認することになる。出発点である『ファーズ―Fase』は、1981年に私立ニューヨーク大学(NYU)に留学していた彼女が、ベルギー帰国後最初に発表したものである。そのせいもあり、アメリカのポスト・モダンダンスの影響が強い。とくにトリシャ・ブラウンの初期の代表作『Accumulation』に見られるような、ナラティヴな構造をすっかり取り払い、純粋なムーヴメントとしての身体の律動そのものを作品にしてゆく。しかし、ケースマイケルは、ダンスの歴史を根底から問うアメリカのポスト・モダンダンスの実験精神を体いっぱいに吸収しながらも、アメリカにはなかった新しい息吹を発揮していることも確かだ。動きが数学的に細密化し、そこに高度なテクニックがあるのだ。ポスト・モダンダンスはダンスのテクニックそのものを等閑視して、日常的な仕種を取入れていったが、ケースマイケルはそれをテクニカルな位相に変容させていったのである。
スティーヴ・ライヒの2台のピアノによるミニマルな音楽に呼応して動く二人のダンサーは、演奏の反復の音型のズレにより、ダンサーのユニゾンも正確にずれてゆき、またユニゾンに戻る。動くオップアートを見るような、眼もくらむ鮮やかさ。時計の振り子のように繰り返される腕の動きは、アメリカのポスト・モダンダンスが衰微してゆき、新しいダンスの潮流がアメリカからヨーロッパに移ってゆく幕開けを告げている。
そのあと30年という、舞踊家として類稀な蓄積のあとに生まれた『時の渦―Vortex Temporum』(初演は2013年)。現代音楽のアンサンブル・イクトゥス7名(ひとりは指揮者)による生演奏が、ジェラール・グリゼー作曲の緻密で高度に洗練された音響空間をつくり、7名のダンサーたちが演奏と一体化し、拮抗し、独自の身体性を見せてゆく。ゆるやかであるかと思うと切り込むように鋭く、ゆっくり歩行したかと思うと、疾走する。床に描かれたいくつもの円の抽象的なパターンを意識しながらの動きは、即興の要素も入ってくるが、空間移動や動きのタイミングなどは濃やかに振り付けられている。その構築性と、そこから漏れるようなインプロヴィゼーションが魅力的だ。いわば頑強につくられたトンネルが、あちこちに小さな気孔をつくることにより、逆に全体性を保っているような感じなのである。
もうひとつの本作の特色は、演奏家もまた移動することだ。グランドピアノまでも移動する。ただでさえも難曲のこの作品を演奏しつつ動くのは困難を極めるのだが、技術的に習熟したイクトゥスのメンバーは楽しむようにこれをやってのける。後半、曲の難度が一気に上昇し、移動が不可能な箇所になると、指揮者が立ちメンバーもまとまって立った姿勢で演奏に集中する。ダンサーたちの体のポジションと動きの緩急が複雑な変化を遂げつつ、音の構造が視覚化されてゆく光景は、もはや「超越的」とすら形容したくなる。
若くして高い評価を得たアーティストが、その後10年、20年、それ以上にわたり、周りからの期待に応えながら活動を続けるのは並大抵のことではない。とくに生まれた途端に消えてゆき、だからこそ毎回良くも悪くも新奇さが求められるコンテンポラリーダンスの世界では、それは至難の技だ。突出した技術と才知で三十数年、それを成し遂げ、なお前線を駆けるケースマイケルは驚異というしかない。同時代にこの人がいて、この作品があることを見届ける僥倖を体感する。そんな風薫る5月になりそうだ。
Rosas(ローザス)
振付家・ダンサーのアンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルが主宰するダンス・カンパニー。1993年ベルギーで設立。1982年の「Fase」発表以来、ムーヴメントと音楽の関係性は、彼女の作品コンセプトに不可欠な要素となっている。代表作に「Drumming」(1998)「Rain」(2001)「Raga for the Rainy Season/A Love Supreme」(2005)「Zeitung」(2008)「Cesena」(2011)など。
寄稿者プロフィール
石井達朗(Tatsuro Ishii)
舞踊評論家。ニューヨーク大学パフォーマンス研究科研究員、慶大教授を経て、4月より愛知県立芸大客員教授。関心は、サーカス、アジアの巫俗文化、コンテンポラリーダンス、パフォーマンスアート。著書に『異装のセクシュアリティ』『身体の臨界点』『男装論』『ポリセクシュアル・ラヴ』『サーカスのフィルモロジー』ほか。
LIVE INFORMATION
Rosas
振付:アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル
ローザス 「ファーズ―Fase」
出演:アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル/ターレ・ドルヴェン
音楽:スティーヴ・ライヒ(録音)
○5/2(火)19:30開演、3(水・祝)15:00開演 会場:東京芸術劇場 プレイハウス
○5/10(水)19:00開演 会場:名古屋市芸術創造センター
ローザス&イクトゥス「時の渦―Vortex Temporum(ヴォルテックス・テンポラム)」
出演:ローザス・ダンサーズ
音楽:ジェラール・グリゼー『時の渦(ヴォルテックス・テンポラム)』
演奏:アンサンブル・イクトゥス(生演奏)
○5/5(金・祝)17:00開演、6(土)7(日)15:00開演 会場:東京芸術劇場 プレイハウス
○5/13(土)15:00開演 会場:愛知県芸術劇場 大ホール
www.geigeki.jp(東京)
www.aac.pref.aichi.jp(愛知)