ダミアン・ジャレ|名和晃平
――気鋭のアーティスト2人が表現した「生と死」、「生成と消滅」、「大地と生命の循環」
「生と死」「生成と消滅」の循環がテーマ
漆黒の闇に包まれた舞台。その中ほどに白い泡の浮島がある。それはカルデラや火口のようにも見える。舞台に登場したのは異様な肉の塊。ほぼ裸の状態で、腕や足を絡め合い、組み合うダンサーたち。首を前傾して折り込み、ヘッドレス(首なし)状態のまま、緩慢に、ときとして激しく動く。性別も国籍も、何人がそこにいるのかさえもわからない。ダンサーの個性も人間性も消し去られ、数本の脚が不気味に動く巨大な甲殻類が動めいているように見える。舞台一面には浅く水が張られていて、磨き上げられた漆の鏡面のように舞台上の浮島や肉の塊を映し出す。ヨーガのヘッドスタンドのように、首の付け根を床につけ逆立ちしたポーズを長時間続けたり、背中の肩甲骨付近の筋肉を盛り上げ、平家蟹さながらの表情を見せたり、海底か、宇宙の果ての星の、新種の原始生物を見ている気がしてくる。背景に流れる機械音の効果もあり、古代なのか近未来なのか、直線的でない時間が回りだす。なぜか、イザナギとイザナミの二柱の神が矛で混沌を回し島をつくった古事記の国産み(くにうみ)のシーンが頭に浮かんだ。
これは、今年9月、京都の芸術文化のハブといわれる岡崎エリアの京都岡崎音楽祭「OKAZAKI LOOPS」の目玉企画として、ロームシアター京都で世界初演された「VESSEL kyoto」だ。この作品は、振付家でダンサーのダミアン・ジャレが、日本を旅し、京都に長期滞在し、彫刻家の名和晃平との対話を通し共に生み出したコラボレーション作品だ。2017年1月26日から29日には、新たに横浜赤レンガ倉庫1号館で4回の公演が予定されている。
ベルギーのブリュッセルを拠点に世界的に活躍するジャレは、アイスランドやバリなどの世界各地を訪れ、その国の神話や土着的儀礼などのイメージをダンスに取り入れ、肉体と精神の相克をダンスのなかで表現してきた。京都を拠点に活躍する名和は、独特な素材を選び、現代的技法を駆使し、イメージと物質性を両立させながら、有機的な世界観を彫刻やインスタレーションで具現化してきた。ジャレと名和が、2015年5月から8月にかけてヴィラ九条山(アンスティチュ・フランセ日本がそのパリ本部と連携して運営に当たるアーティストレジデンスの文化施設)の「デュオ(2人1組)」でのレジデンスの機会に恵まれたことが、『VESSEL』を協働制作することにつながった。
「VESSELは、器、船、血管など、水との関わりが深い、何かを運ぶものなんだ。細胞の中にはDNAや染色体があり、細胞も生命の器といえる。そういった「VESSEL」 (器/船)をこの作品の基本コンセプトにして、身体を探求する出発点にしたんだ。地球上のあらゆる生命は海から生まれ、人間の身体も半分以上が水分で、水は生命の源であると同時に死とも関わる。解剖学や最先端の科学、古代の創世記神話の死生観を融合させながら、身体や命を探ってみたいと思った」とジャレは言う。
今作品の舞台美術を手がけた名和は、細胞(cell)と画素(pixel)を組み合わせた造語である《PixCell》というコンセプトを基軸に、ビーズや発泡ポリウレタン、シリコーンオイルなどの現代的な素材や最新のテクノロジーを用いて、造形の新たな可能性を切り拓き、彫刻から建築にいたる領域横断的な活動をしてきた。cell(細胞)や重力といった名和の作品テーマは『VESSEL』にもとりこまれている。海水が太陽の熱で蒸発し、雲になり、雨になり、気温が低ければ雪が降る。固体、液体、気体と変容し、重力の影響を受けながら循環する水。名和はそのような水やあらゆる生命の循環を白い火口のようなオブジェを据えることで象徴する。
ヘッドレスのダンサーは、舞台上のカルデラの窪みから湧き出る白い液状のものと絡み合う。泡から異形の生物が生成し、消滅する循環が描き出される。気鋭のアーティスト二人が『VESSEL』を通し表現したのは「生と死」「生成と消滅」「大地と生命の循環」だ。
コンテンポラリーダンスは新しい身体を創造する場
ジャレは、シディ・ラルビ・シェルカウイとの作品『BABEL』で英国の彫刻家アントニー・ゴームリーとコラボレーションし注目を浴びるなど、現代美術家と舞台を創ることに長けている。
「今作品で、名和晃平とコラボレーションすることが、表現の地平を拡げてくれた」とジャレは言う。
振付家ジャレと彫刻家名和が、互いの創造性に深く分け入り、協働制作したからこそ実現した「身体と彫刻の融合」も、『VESSEL』の見所といえる。
ジャレにとってダンスと彫刻の関係は、長く探求してきたテーマだが、名和の思考、卓越したマテリアルへの感性、造形力に触れながら、ダンサーの身体を動く彫刻として見せていく演出にも磨きがかかった。ダンサーの静と動のフォームについては、ジャレが、ギリシャ人ダンサーのエミリオス・アラポグルに多様なポーズをとってもらいながら共に模索して生み出したという。パフォーマンス中は、顔は見えないものの、アラポグルや森山未來など、ダンサーたちの、緊張感漲る身体性には目が釘付けになる。
「ぼくが『VESSEL』で示したかったのは、ぼくたちが身体に限界をつくっているということなんだ。ダンスを通して身体の新たな機能や可能性に気づいて欲しい。コンテンポラリーダンスは単にステップがどうのとか、決められた振付のパターンを繰り返すだけのものではなく、身体の地平を押し拡げ、新しい身体を創造し、再定義する場なんだ」
出羽三山での修験道体験も舞台に反映
2004年から何度も日本を訪れてきたというジャレ。
「日本には、アニミズムの強い痕跡が残っていて、古代や伝統に根を下ろした未来的神話がある。2011年の東日本大震災のとき、ぼくは東京で地震に遭遇し、未知の自然の力を感じた。火山のある国に惹かれるんだ。火山のあるところには地震があるけれど、大地のエネルギーを感じるから惹かれるんだ」
彼は、日本滞在の折、出羽三山で修験道の修行も体験している。
「古代の山岳信仰に興味があった。1日茶碗2杯の米、睡眠時間もわずかで、8時間山を歩き、滝行や瞑想を行った。真夜中の儀式にも招かれ、特別な体験だった。山は神聖な場所で、母であるとともに墓所でもある。山と人間の関係を取り戻すことが必要だと思う」
この体験をもとに彼は『YAMA』という作品も制作している。
「フランスとベルギー両国の文化の元で、肉体は罪深いというカトリックのドグマが支配する家庭環境で育った」というジャレにとって、日本やバリの土着の宗教儀式は、キリスト教の呪縛から身体を解き放してくれる世界なのかもしれない。
「西欧では身体をただ機能で分類したり、死に向かい衰えゆくものという、物質主義的で限定的な捉え方しかしていない。でも、バリなどでは、身体を使って神と交信しようとする。トランス状態に入ることも極めて自然なことなのだ」
さらにジャレは続ける。
「ぼくたちは、自分の身体をあたりまえのものとしてとらえている。でも、それはどこからきたのか? ぼくたちが人間になる前は何だったのか? ぼくたちの体の中には魚類だったときの痕跡も残っている。今や細胞のDNAや染色体も解読できる。身体は、信じられないほどの情報を与えてくれるんだ」
VESSEL yokohama
(横浜ダンスコレクション2017「BODY / PLAT / POLITICS」)
■ 日時:2017年1月26日(木)- 29日(日) 全4回公演
■ 会場:横浜赤レンガ倉庫1号館3Fホール
■ 主催:横浜赤レンガ倉庫1号館[公益財団法人 横浜市芸術文化振興財団]
■ イベントURL:
VESSEL オフィシャルサイト
www.vessel-project.com
横浜ダンスコレクション2017 オフィシャルサイト
yokohama-dance-collection.jp/
Damien Jalet(ダミアン・ジャレ)
振付家/ダンサー。彫刻家のアントニー・ゴームリーやミュージシャン、振付師、映画監督、デザイナーらと作品の合同制作をするほか、オペラや音楽ビデオの振付を手がけ、その活動は多岐にわたる。2013年パリ国立オペラにおいて、シディ・ラルビ・シェルカウイ、マリーナ・アブラモヴィックと共同創作した『Boléro』を初演、芸術文化勲章シュヴァリエ章を受章。2017年には、イギリスのナショナル・ユース・ダンス・カンパニーのアーティスティックディレクターに任命されている。