思い出せない「母星」を問いかける一作

 「原作に忠実な映画作品」なんて真っ平ごめん、むしろ大胆な換骨奪胎ぶりにこそ監督の“原作愛”を汲みとりたい。そんな諸兄姉は127分間の隅々までを堪能できる一作だろう。『紙の月』の吉田大八監督は文庫(旧版)で『美しい星』を何度も読み返すうち、表紙の紅い明朝体が脳裡に焼きつき、30年越しの映画化を悲願成就させたという。このミシマ自身が愛着したSF悲喜劇を、硝子扉付きの本棚(=古典扱い)から引っ張り出したいと考えた『桐島、部活やめるってよ』の監督は、映画化に寄せて書いている。「2016年の現場でリアルに戦うためにあらゆる装備を更新すること」、それこそが「貪欲なまでに冷戦下の『現在』と関わろうとした作品精神に最大限の敬意を払うこと」に他ならず、「イコールだと信じます」と力強く宣言している。呪縛からの振り幅は潔い。

 そう、本作は原作刊行から55年後の「現代」ではなく、指揮官が「美しい国へ」と言い張る列島の、暴走寸前な「今日/現在」の気分を見事に活写している傑作だ。海の向こうでは異星人のような大統領が誕生し、“「NO」と言える日本”は記憶も平仮名もカンジも忘れたと言い放ち、届かないミサイルや暗殺の驚愕報は飛び交うわで、某夫人ならずとも「あまりにひどい、なぜその情報はどなたからですか」と眩暈を起こしそうな現況下で試写を観た。正直、目まぐるしく更新される日々の、NEWSとのシンクロぶりに驚かされた。吉田監督はシナリオ作業中、感動を覚えた『ローリング』(監督:冨永昌敬、音楽:渡邊琢磨)のサントラ盤ばかりを聴いていたらしい。必然的な御指名から本作の劇伴を書き下ろした渡邊の楽曲は、人類の苛立ちを象徴する地響き感や(早朝の)霞が関の無人の光景や(深夜の)歌舞伎町のネオン美とも見事に共鳴し、覚醒劇に大きな効果を供している。思えば『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』の監督と、舞台音楽も手掛ける音楽家は“本谷有希子つながり”でもあるわけだ。一方、劇中歌「金星」(詞・曲:平沢進)で大杉家の娘(橋本愛)が翻弄される件では『クヒオ大佐』さえ連想し…本作には一体、どこまで仕掛けが埋め込まれているのか⁉ あの一家砲まで共振する程だ。

 原作の敵役トリオを一人に集約させた黒木役は「原作の大ファン」という佐々木蔵之介が好演。いや、脇役の端々まで監督のキャスティング・セオリーが発揮され、換骨奪胎作への並々ならぬ意欲が読み取れる。忘れようにも思い出せない((C)鳳啓助師匠)、記憶の襞がくすぐられる作品だ。で、俺の星はどこ、だっけ‥。

 


映画『美しい星』
監督:吉田大八
原作:三島由紀夫「美しい星」(新潮文庫刊)
音楽:渡邊琢磨
劇中曲:「金星」 作詞・作曲:平沢進/歌:若葉竜也、樋井明日香
出演:リリー・フランキー/亀梨和也/橋本愛/中嶋朋子/佐々木蔵之介/ほか
配給:ギャガGAGA★ (2017年 日本127分)
(C)2017「美しい星」製作委員会
gaga.ne.jp/hoshi/
◎5/26(金)全国ロードショー!