順調にキャリアを積んできた浪速の英雄が味わった空虚感やもどかしさ。ここから、いまから先へ進むためには? 喜怒哀楽を詰めた人生のブルース──これはある男のありのままの姿を捉えたドキュメンタリーだ!
生活から紡いだ言葉
般若に続く昭和レコード第2のラッパーとしてはもとより、炊き出しや集会に率先して参加するなど、生まれ育った大阪は西成区のドヤ街に根を張る姿がNHKのドキュメンタリーとして取り上げられたことでもその名を広めたSHINGO★西成。レーベルツアーをはじめとするさまざまなライヴや、レゲエ界など多岐に広がるリンクに加え、アルバムを重ねるごとにそのリリース・ペースも上げてきた彼だが、前作『おかげさまです。』(2013年)から今回の新作発表までにはおよそ3年半もの時を要した。前作の完成からそう間を置かずに始めたという制作が長引いた裏には、今年45歳となった彼なりのこだわりと産みの苦しみがあったようだ。
「この歳になったら夢破れてラップを辞めていく奴も周りにいたりして、いつまでもおると思ってた家族や仲間がおれへんようになった空虚感をこの3年はさらに感じました。だからこそ表現者として何か形にせなあかんと思いながら、自分の思ってる楽曲にならないことも経ての〈いま〉。この言葉以上の何かがあるんちゃうかと思ったら納得いけへんもどかしさと、いろんなイケてる楽曲とかイケてる人に会ったら〈俺ももっとできるんちゃうか?〉っていう気持ちが芽生えて、うまくまとめきれんかった。死んだ曲とかリリックの量も、煮詰まった時間も(いままでのアルバムの中で)いちばん多いですね」。
そうした絞り出すような曲作りの末にようやく完成したのが、通算5枚目となるニュー・アルバム『ここから…いまから』だ。今回は何よりも「本気でやりきる」ことが制作のテーマになったという。
「〈俺なんかあかん〉みたいに一瞬ネガティヴになってもポジティヴにまとめるっていうスタミナを持って、日々の生活から言葉を紡いだ。5年前、10年前の自分が聴いたら〈何やそれ、偽善者っぽい〉って思いそうな言葉も使えるぐらい素直になったし、逆にFuck Youみたいな攻撃的な言葉も思いっきり出したれって燃えてましたね、すっげえ」。
身をもって知る現実に向き合う視線と、人と互いに手を取り合う暮らしの成せる人間味、ユーモアが表裏一体となった世界こそ不変ながら、角の取れた物言いと衒いのないラップにより傾いていた近作の作風は、思うままにストレートな感情をさらけ出した楽曲と共に、ここでより振り幅を大きくしている。
価値観も生き方もいろいろ
ままならぬ現実を〈これもlife〉と受け入れ、ユーモアを交えてネガティヴをひっくり返す“ひらきなおる”を皮切りに、続く“鬼ボス”はDJ FUKUの華々しいトラックとJ-REXXXとのリレーが文字通りライヴでも鬼ボス必至の一曲。SHINGOいわくキ○ガイならぬ「キーちゃん感」溢れる仕上がりに、〈ヤりたいことをヤるだけ〉というラインを小気味良く響かせ、2人のヴァースから雪崩れ込む怒涛の掛け合いも圧巻だ。そして、KIRAとTAK-Zを迎え、grooveman Spotの音でニュー・ジャック・スウィングを狙って作った“絶句ニッポン”と、タバコの火を借りて歌い出す〈ロクでなしボンクラのアカンたれのブルース〉にジャジーなピアノがマッチする“すんまへん”——アルバムは序盤から起伏に富んでいる。
「もっとスムースにいくやろと思ったのに曲があまりにも出来んかった時に、もう開き直らなしゃあないと思って“ひらきなおる”だし、“すんまへん”はホンマに〈すんまへん〉って思ったんすよ(笑)。“絶句ニッポン”は、俺らの世代のノリのいい音楽っていったらニュー・ジャック・スウィング。それをあえていまオッサンが昔のフロウで一生懸命やるのがおもろいし、俺の懐にスッと入ってくれる2人やからこそ思い切ってできるんちゃうかなって。東京がオリンピックで湧くんやったら、関西、西日本から発信する一歩として大阪も最大限おこぼれを貰おうぜっていうはっきりしたスタイルの曲ですね」。
また、自身はもちろん聴き手も鼓舞する“GGGG”や、“祭り”を挿んで中盤に収めた“一等賞”は、先述したように昔の彼なら書かなかっただろう人生讃歌。〈生まれたことが一等賞〉という一節が曲を物語る。
「街も街でそうやけど、一人の人を見ても、人情深くていい感じの時とあかん時を感じさしてくれる。西成のあいりん地区の夏祭りで司会や手伝いやってる時に、俺にがんばれって言うてくれてたおっちゃんが酔っ払ってボコボコにされて、またその2時間後にボコボコの顔で泣きながら帰ってきて〈ゴメンな〉言いながら酒飲んでまたいいテンションになっていくみたいな人生模様を見してくれて。あの街にいたら、生き方とかスタイルとか自己責任って言葉により敏感になって、人も価値観も生き方もいろいろでええんやなっていう曲が出来ました」。
アルバムはさらに、幼少時代から近所で聴こえていたという演歌ばりに女性目線で歌う愛の歌“あんた”、急逝した父や地元にまつわる苛烈な現実を直視して初作収録曲を改変した“KILL西成BLUES”から、キレの抜群なラップと容赦ないリリックを彼一流のウィットでくるんだ“Fuck You, Thank You ほな、さいなら”へ。そして、ユーモアを前面に出した語り口に胸のすくサックスのループをあしらったオケもマッチした“エエやん”を経て、センティメンタルなトラックに人間味溢れるリリックと歌心の溶け込んだ表題曲がシメを飾っている。
「ホンマに誰もが歌えて誰のこともけなしてない曲もあるし、愛100%の曲もあるし。腹に煮えたぎってる毒吐く曲やったら吐ききって、アホする曲やったらドが付くアホにやった。喜びも苦しみもいっぱい含んで、より自分自身になったなと思います」。
自身の「生きた言葉でラップしたい」という思いに従い、シンプルな作風に舵を切ってきた歩みにあって、〈SHINGO★西成〉の刻印をふたたび強く刻み付けた『ここから…いまから』は、唯一無二なそのキャラクターを改めて知らしめるに十分。願わくばキャリアを重ねてなおリミッターを外していく彼の〈ここから、いまから〉をさらに見てみたい。
『ここから…いまから』と同時リリースされたライヴDVD『昭和レコード TOUR SPECIAL 2016』(昭和レコード)
『ここから…いまから』に参加したアーティストの作品を一部紹介。