COLUMN

FENNESZ 『Becs』

終わりなき夏を過ごし、フェネスがたどり着いた新しい季節

FENNESZ 『Becs』

 2001年にウィーン電子音楽レーベル【メゴ】(現【エディションズ・メゴ】)からリリースされた『Endless Summer』。そこに真空パックされた夏の終わりのもどかしいまでの儚さ、そして夢と現実の間をゆらめく夕凪ギターとエレクトロニクスがシーンに与えた影響ははかり知れず。誰よりも早くノイズ電子音響に情感をとり入れ、良くも悪くもその後の「エレクトロニカ」なる音楽の行き先を決定づけて(と同時に誰も越えられないとてつもなく高い壁となり)、それまでマニアックなノイズの人として認識されていたフェネスを一躍時の人とした作品である。

 そんな終わりなき夏男フェネスことクリスチャン・フェネスが前作『Black Sea』からじつに6年ぶりの新作『Bécs』を【エディションズ・メゴ】からリリースする。6年ぶりといってもその間に、フェネス、ジム・オルークピーター・レーバーグによるラップトップ・トリオ=フェノバーグ名義でのアルバム、坂本龍一とのコラボレーション、そして名作EP『Seven Stars』(2011年)のリリース。さらには、YMOノルウェージャズ・ユニット、フードのツアーに参加するほか〈EMAF TOKYO 2013〉での来日公演など、その活動は絶えず続いていたものの、やはりフェネス名義でのアルバムとなると話は別である。

FENNESZ Becs Editions Mego/Pヴァイン(2014)

 さて、前作『Black Sea』はフェネスにはめずらしい、いつになく政治的な態度が示された作品であり、トレードマークのギターを多用しつつも全体的にどこか暗く重たい雰囲気に包まれていた。なので、本作『Bécs』に接するにあたって、自ずとこちらの耳も構え気味になり慎重を装っていたのだが、1曲目の《Static Kings》からまんまとしてやられた。突き抜けている。というか、どこまでも突き上がっている。冒頭からゲスト参加のマーティン・ブランドルマイヤーラディアントラピストほか)によるエフェクト処理が施された電子のようなドラムが飛び出してきてびっくり。かと思えばヴェルナー・ダフェルデッカーポルヴェクセル)のベースまでも……ん! んん!?  待てよ。これは2008年にドイツの【M=Minimal】からアルバム『Till The Old World's Blown Up And A New One Is Created』をリリースしたあのトリオではないか!などと興奮と感慨に耽るのもつかの間、フェネス史上のなかでも一二を争うであろう美しいメロディをもち、コード感もあらわなギターが薄雲のように流れる。深いリヴァーブに包まれて、それはキラキラとキラメく電子音と手を取り合いながらどこまでも浮揚する。そして、気がつけば最大の高みを横目に、ちりちりと追憶の彼方に散り入るように空の藻くずとなり果てるのだ。ああ……そこに残されるのはたまらないノスタルジア。そう、アルバム全体に通底する音の質感は、まさに『Endless Summer』に満ちあふれていたウェットな耳触りを感じさせるもの。しかし、瞬間的に立ち上がるダイナミズム、そして一つひとつの楽曲にこめられた静かに燃え立つドラマ性には、「終わりなき夏」を繰り返すのではない、どこまでも独創的な新しいレイヤーが綿密に織り重ねられている。

 そのレイヤー。それは『Endless Summer』から時を経た13年間の記憶の層であり、その間に起こった社会への問題提示であり、安易な叙情を垂れ流す電子音楽へのアンチであり、古巣【エディションズ・メゴ】という特別なフィルターであるのかも知れない。4曲目《Pallas Athene》からタイトル曲《Bécs》(ハンガリー語でウィーンを意味する)、そしてアルバムのなかで唯一の共作であり、その共作者セドリック・スティーヴンスモジュラー・シンセで参加した《Sav》に連なる後半のハイライトにじっくりと耳を傾けてほしい。星のように光り輝くシンセのメロディーが集まり、次第に大きな河をなして宙を横断するコズミックドローン。つぶれた鍵盤の打撃音から始まる世にも美しい騒音アンビエンス。そして、そんな大海原のようなどよめきを収束させるきめ細かなスモールサウンドへと続くこの流れ。この連なり。耳をくすぐり、心のひだにすっと染み入るこの感覚。この冒険。このロマン。この真新しいエモーションのなかに、次なるポップのヒントが隠されているような気がしてならない。

 余談になるが、本作のアートワークは『Endless Summer』のほか初期【メゴ】作品のほとんどに関わってきた女性映像作家ティナ・フランクが手掛けている。彼女にとってもひさしぶりの【メゴ】との合流であり、これも90年代終わりから2000年代初めにかけて起きた電子音楽界のパンクグリッチ&ノイズ」のカウンターアタックを予感させてくれてうれしいところである。

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