京都・岡崎からはじまる 文化も記憶もループさせる新しい音楽祭
ときは1990年代、授業にはほぼ顔を出さなかった大学生の私は、それでも軽音楽部の部室には日参し、最盛期にはいくつものかけもちをし熱心に活動するなかに同窓のMと組んだバンドがあった。Mはアフロからドレッドから角刈りへとドラマチックなヘアスタイル遍歴をもつ、ヘヴィメタルとジャマイカ音楽に通暁したナイスガイで、私はMともうひとり、ジャンキーを思わせる風貌のサックス担当のMとノイズというか即興というかよくわからない音楽をやっていたが、前者のMはあるとき、思いつめた顔で私にいった。「オレ、じつはYEN TOWN BANDのあの曲(“スワロウテイル・バタフライ”のこと)好きなんだよね」なぜ彼がそう漏らしたのかはさだかではないが、彼のことばにおどろきつつ私も同意した。私もじつはそう思っていた。私はMを勇気づけるようにいった。大丈夫だよ、あのバンドにはコーパス・グラインダーズのひともいるから、オラたちともそう遠くなかんべ。友情は深まった。ところがバンドはながつづきしなかった。というのも、Mはその年東京に出ていったのである。学校は岩井俊二の出身地にあった。
それから20年がすぎた。YEN TOWN BANDの復活については音楽界隈にとどまらず広く報じられたのでご存じの方も少なくないだろう。そのいきさつとコンサート情報を詳述する紙幅は本稿にはないが、活動再開の報が喚起したものはすくなくない。音楽はそのように個人の記憶を鼓舞し、ときの隔たりを、あたかも単線の歴史を摘んでよりあわせるような力をもっている。音楽だけはない。アートとは作品にふれるおのおのとそのような関係をきりむすぶ回路であり、それはそのひとに固有のものであり、簡単には歴史化できない。
一方ある場所に堆積した時間は歴史となる。
たとえば、古都京都は国内のどこよりも時間が積み重なっている。私は京都には何度も足を運んだが、たいがい仕事やバンドのライヴだったのと生来観光にまったく興味がないので、名勝旧跡古刹の場所さえさだかではないが、行くたびに歴史の重みにみがひきしまる。というか、みがまえるのだ、その時間の重層性に。
その京都で、来る9月2日の前夜祭を皮切りに、翌3、4日の都合3日間、今年1月にリニューアルオープンした岡崎のロームシアター京都(旧京都会館)を拠点に開催する音楽祭が〈OKAZAKI LOOPS(オカザキループス)〉である。ループ=輪を意味する単語を冠した、この奇妙なタイトルのフェスティヴァルは、冒頭のYEN TOWN BANDと京都市交響楽団のコラボレーションをはじめ、音楽にかぎらない意欲的なプログラムを用意している。高木正勝がウポポの床絵美はじめ、ジプシー・ヴァイオリンやインド楽器などを舞台上にひとつに融合させるプロジェクト〈山咲み〉の特別編として〈大山咲み〉を披露するかと思えば、開会宣言でもあるダンサー首藤康之と西陣織の細尾真孝との共演は〈OKAZAKI LOOPS〉が音楽にとどまらない、広義の舞台表現がテーマとなることを物語っている。いやそれだけではないのだ、首藤、高木、細尾に、美術の名和晃平、クラシック音楽の広上淳一を加えた5人のディレクターの〈作品〉のみならず、トークやワークショップ、作品展示、フードコートなど、岡崎エリアを巡りながら出会い、体感できる多彩なプログラムを公式サイトは謳っている。おそらくこの巡回する感覚を、主催者はループの単語に托し、同時に、円環するイメージから巨視的な時間感覚をひきだそうとしている。南米はチリのアタカマ砂漠のアルマ望遠鏡(群)が捉えた、死にゆく星々のデータをオルゴール盤に置き換えたアート作品をもとに、クリスチャン・フェネスからスティーヴ・ジャンセン、蓮沼執太や湯川潮音らが制作した楽曲を広上淳一指揮の京都市交響楽団とともに演奏する〈ALMA MUSIC BOX:死にゆく星の旋律〉はその証左だろうし、ミルフォード・グレヴスと土取利行のデュオの悠久の時間感覚については、本誌読者にはいうまでもないだろう。ここでは20年の時間差は陥穽にあたらないことはYEN TOWN BANDふくむ多くの試みがあきらかにしてくれるにちがいない。であればひとつ、Mを誘ってJR東海ばりに京都に行ってみようか。彼がどこでなにをしているかはわからないけれども。
LIVE INFORMATION
KYOTO OKAZAKI LOOPS
○9月3日(土)・4日(日)/9月2日(金)前夜祭
会場:岡崎内の施設とそれらをつなぐエリア
(ロームシアター京都、みやこめっせ、平安神宮、京都国立近代美術館、京都市美術館)
OKAZAKI LOOPSディレクターズ:首藤康之(バレエダンサー/高木正勝(映像作家/音楽家/名和晃平(彫刻家/広上淳一(京都市交響楽団常任指揮者/細尾真孝(西陣織「細尾」取締役)
出演アーティスト:YEN TOWN BAND(CHARA、小林武史、名越由貴夫、他)/Salyu/藤巻亮太/広上淳一&京都市交響楽団/首藤康之/細尾真孝/中村恩恵/宝満直也/五月女遥/高木正勝/福間洸太朗/床絵美/郷右近富貴子/熊澤洋子/菊池幹代/法橋泰子/きしもとタロー/前田剛史/佐藤直子/山田あずさ/沢田穣治/伊豆牧子/富木えり花/東野健一/相良育弥/ミルフォード・グレイヴス/土取利行/大橋トリオ/信近エリ/名和晃平/ダミアン・ジャレ/エミリオス・アラポグル/森山未來/原 摩利彦/伊藤ゴロー/クリスチャン・フェネス/さとうじゅんこ(滞空時間)/澤井妙治/細井美裕/スティーヴ・ジャンセン/Throwing a Spoon(トウヤマタケオ×徳澤青弦)/蓮沼執太/mito(クラムボン)/湯川潮音/Aimer/Daito Manabe/Yusuke Tomoto/2bit Ishii/徳井直生/evala/八木良太/筧 康明/佐々木有美+Dorita/大西景太/Lyric speaker制作チーム/南條沙歩