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〈リズムよりハーモニー〉という信念

そういったムーンチャイルドの音作りを、敢えてJ・ディラの歩みに引き寄せてみるとしたら、近年のパブリック・イメージを形成しているよれたビートよりも、メロウなシンセやエレピを上手くサンプリングしたウワモノの使い方に由来していると言えるのかもしれない。ギャップ・マンジョーネをサンプリングしたスラム・ヴィレッジ“Fall In Love”やアイズレー・ブラザーズ使いの“So Far To Go”に見られる、ゆらゆらしたシンセが際立ったJ・ディラのメロウな音作りは、ムーンチャイルドの作風と共通する部分だろう。それはフェンダー・ローズ奏者としてのグラスパーとも通じるものであり、先に言及した〈セオリー化されたネオ・ソウル〉の手法を上手く採り入れたものだとも言える。そういった音色をアンビエントR&B的な文脈を踏まえて鳴らしており、ライやクアドロンあたりの手触りにも近くなっていて、そのあたりも先進的なセンスを感じさせるだろう。

J・ディラの2006年作『The Shining』収録曲“So Far To Go”

ライの2013年作『Woman』収録曲“Open”

それに『Voyager』では、生演奏とプログラミングを併用したり、生演奏そのものをプログラミングしたかのようにクールに聴かせていたりするほか、録音やミックスも独特で、それによって不思議な箱庭感がもたらされている。そこもムーンチャイルドの個性のひとつで、演奏はすごく達者でバンド感もあるのに、マッチョな感じがまったくしない。音源としてはニック・ハキムやサラミ・ローズ・ジョー・ルイスあたりとも近い雰囲気があって、ベッドルームで作り込まれたサウンドだと勘違いしてしまいそうでもある。しかし、そんなポップで快楽的なサウンドを、ライヴの場ではすべて生演奏でやってしまうバンドとしての強さが、ムーンチャイルドの抜きんでているところでもある。

2台の鍵盤奏者がいるこのバンドでは、ベースラインもシンセで奏でている。その音色もいいし、響きもいい。1人が左手でベースラインを奏でると、そのプレイヤーの空いた右手が自由になる。そこにもう1人のプレイヤーを加えた3本の手を使って重ねる鍵盤による音色の豊かさこそが、このバンドの最大の魅力だ。ときにベースが入らないパートでは、4本の手、20本の指を自由に使ってハーモニーを奏でるのだ。そういった〈リズムよりハーモニー〉という彼らの信念は、メンバー3人がそれぞれ奏でる管楽器の使い方からも見えてくるだろう。ソロを強調するのではなく、あくまでも管楽器が持つ空気感やテクスチャーをサウンドとして取り入れるために吹いている。

2014年作『Please Rewind』収録曲“All The Joy”

そして、そこに溶け込むのがアンバーのヴォーカルだ。声量は決して大きくない。ウィスパー系の出し方で歌う彼女の声は、歌とサウンドの中間といったもの。例えば、グレッチェン・パーラトがグラスパーと組んだ『Lost And Found』(2011年)や、ローレン・デスバーグの『Twenty First Century Problems』(2015年)あたりに聴かれる歌と比べても、さらに控えめでさり気なく、サウンド的である。それはあくまでも〈ムーンチャイルドの楽曲のために歌っている〉ように感じられるもので、ある種の匿名性さえ感じるほどだ。

グレッチェン・パーラトの2011年作『Lost And Found』収録曲“Holding Back The Years”