あくなき探究心でクラシカルに再構築したジョビンの世界

 「この曲はエリック・サティのイメージ」とピアノ・ソロをアレンジした《エストラーダ・ド・ソル》、村治佳織と遠藤真里をゲストに迎え、「途中で止まってしまってもいいから、とにかく遅く演奏してください、とお願いしました」という《ルイーザ》、ピアノの中にフェルトを仕込み、柔らかい音色やノイズまでもを追求した《ジャルヂン・アバンドナード》、そしてピアノとギターのデュオでフリーな音空間を作り出した《インセンサテス》……。聴こえてくるのは、アントニオ・カルロス・ジョビンの音楽であり、そして、紛れもなく伊藤ゴローの音楽だ。

 今年生誕90年を迎えたジョビンへのトリビュート・アルバム『アーキテクト・ジョビン』。ギターとピアノ、コントラバスのトリオにストリングカルテットを加えた編成で奏でられる音はゆったりとたゆたうようだ。

 「この企画は中原仁さんからいただいて、最初はギターとカルテットだけでジョビンの曲を録らないか、という提案だったと思います。だけど、僕はギターよりもむしろピアノを大きくフィーチャーしたい気持ちがあったんですよね」

 ジョビンは“ボサ・ノヴァの生みの親”というイメージが強いが、ショパンやドビュッシー、サティといった音楽家から大きな影響を受けている。伊藤はそんな彼のクラシカルな側面を大胆に押し出し、コンポーザーとしてのジョビンの真髄を探っていったのだ。

 「彼が残したメロディのメモやハーモニーの習作をを見ると、すごく数学的で作曲家然としているんです。鼻歌とかではなく、頭で考えて作っている。自作曲のモチーフをいくつか集めて再構築した曲もたくさんあって。ジョビンはよく〈建築家〉と表現されるのですが、その理由がわかったような気がしますね」

 メロディはシンプルなようで、しかし演奏すると実はいろんな音が複雑に絡まりあっていることに気づく。「そこがジョビンの音楽の魅力。だからアルバムではハーモニーの移ろいを聴かせたいと思いました」と言う伊藤は、「これしかない」という音だけを丁寧に積み重ねて曲を「再構築」していった。そのサウンドは森のように豊かで、そしてなんとも艶やかだ。ジョビンという稀代の作曲家の、奥底までを探った者しか纏うことができない色気ともいえるだろう。「やるからには、ありきたりなカヴァー集にだけはしたくない」という伊藤の、音楽に対するひたむきな探究心の賜物にほかならない。9月にはアルバム発売を記念したライブもある。伊藤ゴローが再構築したクラシカルなジョビンの世界、ジョビンのファンもクラシック音楽のファンもぜひ体感してほしい。

 


LIVE INFORMATION

伊藤ゴロー アンサンブル『アーキテクト・ジョビン』発売記念ライヴ
○9/4(月) 18:30開場/19:00開演
会場:大阪 天満教会
出演:伊藤ゴロー(g)、ロビン・デュプイ(vc)
○9/16(土)15:00開場/15:30開演
会場:自由学園明日館 講堂
出演:伊藤ゴロー(g)、伊藤彩(vn)、沖増菜摘(vn)、三木章子(vla)、結城貴弘(vc) 他

itogoro.jp/