多彩な魅力が満開した新作『Candid Colors(ありのままの色)』

 前回の東京オリンピック前後に生まれた筆者の世代にとって、ハーモニカは小学校に入った時に買ってもらえる初めての楽器というイメージがある。ところが現在。小学校でハーモニカは教えないという。ハーモニカ=小学生という引用はもはや使えないのだ。

 「私も大学を出て興味を持つまで、ハーモニカは全く知りませんでした」

山下伶 Candid Colors chromatic hmc(2017)

 クロマチック・ハーモニカ奏者としてニューアルバムをリリースした山下伶もそう話す。そもそもフルート奏者として活動していた彼女。何がきっかけでハーモニカと出会ったのだろうか。

 「たまたまYouTubeでこの楽器に出会って、一気にのめりこんだんです。それは(師匠の)徳永先生の演奏で、今まで聴いたことがない音色でした」

 その後ハーモニカ奏者/指導者として活動する徳永延生の指導を受け、現在に至るわけだが、フルートの下地もやはり役に立っているのだろうか。

 「呼吸法ですね。同じ腹式呼吸を使うので、そこは役にたっていると思います。でも“吸う”というのはハーモニカ独特のものなので、そこは苦労しましたね。あとクロマチック・ハーモニカは指を使うのがこの(音程を変える)レバーだけなんです。実は(フルートの)運指の練習が好きではなかったので、そこから解放されたことは嬉しかったですね(笑)」

 さて、クロマチック・ハーモニカといえばまずトゥーツ・シールマンスの名を挙げる人は多いだろう。素朴さと独特の洒落心にあふれた音色は多くの人々を魅了したものだが、山下が奏でるハーモニカの音色もまた、柔らかさを持ったオルガンのような、独特の魅力を感じさせる。

 「この楽器は奏者によって音色が違うんです。徳永先生も自分の音色を見つけるようにとおっしゃるんですが、私は寺井尚子さんのヴァイオリンが好きで、ああいった太い音が出せたらいいなあと思っています」

 さらにハーモニカの魅力について尋ねると、こんな答えが返ってきた。

 「こんなに小さい楽器ですが、意外に音域が広いんです。私も使っている16穴のもので4オクターブ出せますから。だからハーモニカで表現できる音楽はすごく幅広いんです。あと手に入れやすいこともきっかけの一つですね。アルバイトして貯めたお金で買える程度ですから。それと車の中でも練習できること(笑)」

 その言葉通り、新作は幅広い音楽を集めてみたという山下。彼女を通してハーモニカの魅力に気づく人が一気に増えるかもしれない。屈託のない笑顔にそんなことを感じてしまったのだった。